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ポリ子の日記

ポリ子さんの抽象的で感覚的でたまに論理的な日記です。大手メーカ経営企画。海外旅行。哲学。心理学。宗教。政治学。社会学。経営学。美味しいもの。個性。人類。が好きです。

カリスマ性ってなんだろな

彼は決して美貌に恵まれてはいなかった

 

彼の顔は見方によってはやや賢くとも

 

見方によってはやや冷たくともとれた

 

 

彼は決して知識が豊富というわけではなかった

 

知らないこともたくさんあるようだった

 

よく本を読んでいた

 

 

彼は決して口数が多いほうではなかった

 

話す必要があれば話すが

 

ペラペラとおしゃべりではなかった

 

 

彼は決して体格がよいほうではなかった

 

若干日焼けしているものの

 

いわゆる中肉中背だった

 

 

彼は決して裕福ではなかった

 

身なりはきちんとしていたが

 

いい服を着ているわけではなさそうだった

 

 

しかし

 

 

彼にはひとつだけ才能があった

 

 

 

絶望を希望に変える魔法が使えた

 

 

借金でもうだめだと話す友人に職を探す方法を提供した

 

夫からの無関心で悲しむ妻へは話を聞き長所を褒めた

 

学校でいじめられると話すこどもとは友人になった

 

ひたすら力仕事にあけくれる男には冷たい水を提供して、いつか建つであろう彼が作る建築物について語り合った

 

 

彼が語る未来はいつも明るく、それを語る彼はいつも熱っぽく、彼は私達の力になってくれるのだ、と信じることができた

 

 

周囲の人は、また彼に会いたいと感じた

 

 

ついに、彼は、このままの世の中ではいけない、社会をよりよくしていきたいと具体的に語るようになった

 

彼が語る未来を、私も一緒に作らせてはもらえないだろうか、と感じる仲間がいた

 

彼は言った

 

ぜひ、一緒にやろう

 

よし、ついてこい

 

付いて行った友人は一生懸命彼とともに働き、大変な苦労があったが、彼はいつも周囲を讃え、明るい明日を語るのだ

 

 

苦労なんて感じなかった

 

 

むしろなんだか楽しそうだと周りで見ていた人々までもが彼に尋ねた

 

一緒にやらせてはもらえないかと

 

彼はいつも即決した

 

 

ぜひ、一緒にやろう

よし、ついてこい

 

 

ダンス会議の提案

ポリ子さん、山極寿一氏が好きです。

 

人間とゴリラってどう違うの?とか

 

人間とサルってどう違うの?とかいう視点で世の中を見ていて、その視点で語る発見がただただ興味深い。

 

京大の総長されていますが普通に食堂で学食食べたり、気さくな人らしいです。

 

大らか〜っていう雰囲気もいいですよね。

 

ちなみにゴリラと人間は5パーセントしか遺伝子的には変わらないそう。

 

 

え、我々ほぼゴリラやん。っていう。

 

 

ゴツくてヒゲもじゃな人は、4パーセントしか違わんのかな?とか思ったり。

 

ほー…あの人は4パーセントか?みたいな。

 

 

冗談です。

 

 

さて、そんな山極寿一さんの講演会で聞いたお話を興味深かったのでご紹介。

 

 

コミュニケーションと脳と人類の進化の話です。

 

 

人類の歴史を辿ると、霊長類の集団サイズが大きくなるにつれ、脳がどんどん大きくなるらしい。

 

ふむふむ。

 

 

しかし、

 

100万年前に160人の集落規模になった時点より脳の大きさは変わっていないそうな。

 

しかも、言葉の発生はその後。

 

 

つまり、言葉と脳の発達は関係ないのです。

 

 

 

 

160人の集団規模に達するまでのコミュニケーションの変化というと、

 

10人~15人のコミュニティでは、言葉は必ずしも必要でない。阿吽の中。

 

30~50人のコミュニティでは、顔と性格は熟知できるため、全員の意思を一致させて行動できる。

 

100人~150人のコミュニティは、ギリギリ信頼できる仲間と捉えることができ、顔と名前がギリギリ一致する。

 

それ以上の人数規模であれば、何らかの指標が必要となっちゃう。広すぎるコミュニティは、〇〇会社の 者ですとか、〇〇くんの母ですとか、なにかのマークなしでは人は認識できない。

 

だそうです。

 

この理屈でいうとポリ子さんのフェイスブックにいる大量の友人コミュニティ〔約400人〕は脳は仲間と認識できていないことになりますです…

 

悲しいです…

 

 

ちなみに、言葉の以前のコミュニケーション方法として、対面交渉、ダンス等のアート表現があるとのこと。

 

 

我々が向かい合って食事をするのも立派なコミュニケーションということですね。

 

ちなみにゴリラは食べ物を一夫多妻家族で分かち合うのだそう。

 

同じ釜なの飯を食うのは信頼関係構築になる大事だということです。

 

 

そこで、何度も議論しても信頼関係が構築できないと悩むパパさん!グループリーダー!もしくは課長!部長!

 

アート表現、つまりダンスをコミュニケーションとして採用してはどうでしょうか?

 

つまりダンス会議です!!

 

目的は信頼関係構築です。

 

議題提出

→音楽スタート

→意見をまずダンスで表現

→その後息切れしながら口頭で内容を補足

→同じ意見の人がいた場合は複数で再度ダンス

 

あまり複雑な議題は提出できないので、簡単な議題にしましょう。

 

てなわけで、特に仲の悪い人がいて打ち解ける場合に有効です。

 

本能に訴えかけるコミュニケーションを活用しよう。

 

 

さぁ仲の悪い友人知人のダンスシーンを想像して!!

 

ダンス会議どうかしら?

ヨガのクオリティーコントロール

以前カナダを一週間くらい旅行したとき

 

現地でヨガしたことあります。

 

運動したくて。

 

そしてびっくり!

 

日本のヨガと同じだーって感じました。

 

もちろんポーズは違うし、言葉も英語だし、道具使う系だし、と違うところはたくさんあったんだけど、

 

リラックスして精神統一し、自分を見つめる

 

とか

 

ポーズが理想通りに出来なくても気にしない

 

とか

 

各ポーズの1番大事なところ〔体幹とか、体の支え方とか〕

 

とかが

 

同じだった。

 

うーむ、不思議じゃ…

 

私が日本で行っていたのは、全国展開しているホットヨガで、カナダで行ったのはトロントの個人スタジオ。

 

同じにしよって同じにしているわけじゃないけど、私はきちんと両方ヨガだと感じたわけです。

 

 

その理由はたぶん、

 

大切にしているものが一緒だから!

 

 

自分のポーズに集中する、つまり周りと比較して出来る出来ないとかは気にしない

 

自分の体、心を感じる、つまりヨガの最中は仕事や家庭のことでモヤモヤしない

 

体を体幹と足でしっかり支え、呼吸する、つまりポーズは息が止まるくらい、力づくでやらない

 

とか、ヨガをする上で大事なものが同じだから、

 

インストラクターはポーズができていない受講生を見ても、

 

ポーズできなくても気にしなくていいですよ、と言える。

 

 

大切なもの

 

 

優先順位づけ

 

 

判断、行動

 

がリンクし、世界のヨガの品質担保につながっているわけです。

 

これは、集団で一定の行動を担保するときに非常に大事です。

 

行動全てをルールで縛ることはできないから。

 

 

ただし、事後的に大切なものを共有化し、担保しようとする場合、細かく話し合うと個別差がでてきてしまう、みんなが共有できる大切なものを定義するのに時間がかかる等、壁はいくつもあります。

 

でも、乗り越えることが出来ればそれはかなり強い集団ができ、その集団は社会に強い影響力をもたらすことになるでしょう。

 

大切なもの自体に魅力が宿り、人が集まるからです。

 

 

ヨガのすごさ、それはヨガにおいて定義された大切なもの自体の魅力なのでは?

 

 

あなたが属する集団の大切なものってなんですか?

 

 

 

 

歳を取っても可愛い人のすごさについて

 

「ポリ子さん、考えすぎじゃない?」という声が周囲から聞こえます。

 

が、考えずにはいられなかった。

 

ポリ子さんご贔屓の美容院。

美容師さんも結構考える方で、やったるで感もある方で、最近独立、開業された方です。40歳男性。

話していて面白いです。

 

そんな美容師さんが発した言葉。

「やっぱ、女性はさ〜年取ると可愛いを成り立たせるの難しいよね。きれい系のほうが多いよね。」

 

むむむ?きれいとかわいいと年齢の相関関係だと?果たしてそうなのか?

 

れい

 

 

かわいい 

 

は何が違うんだー!!!

 

ってことで考えすぎですが考えたので紹介します。

 

もちろん、綺麗かつ可愛いっていう事象はあります。だぶりあり。しかし、二つを違ったものとして成り立たせる条件があるはず。

 

それはなにか?

 

どどーん!

 

それは、均整および整合性の有無です。

 

れい とは 人を魅了し、かつ均整、整合の取れたもの

 

であり

 

かわいい とは 人を魅了し、かつ均整、整合が取れていない、つまり、なにか欠いている、もしくは合っていないものである。

 

と結論付けてみました。

 

 

人が、あの人きれいだな、とか、綺麗な景色だな、綺麗なデザインだな、綺麗な動きだな、と感じるときは、自分の中にある美とかでも、TPOでもいいので、何かと何かが、バランスしているとき、もしくは合致しているとき、ではないでしょうか。

 

綺麗がどことなくさみしい感じがするのもちょっと分かりますね。均整、つまり完璧に近いものは、余地がないからです。

 

一方で、

かわいい人、かわいい笑顔、かわいい動作、かわいいデザインとは、どことなくイビツだったり、特徴的だったり、面白かったり、小さかったりと、均整、整合がくずれたものではないでしょうか。

 

つまり、年をとってもかわいい人、というのは!!

 

年をとるにつれ、社会での整合性や、個人単体での均整を求められるなかにおいて、どこかアンバランスな部分を持ちながらも人を魅了する人物となります。

 

少年、少女の部分を残していたり、素直だったり、冗談が上手かったり、茶目っ気があったり、小さかったりと、なんだかよくわからないけど、惹かれちゃう、それが可愛さなのではないか!!

 

そりゃ難しいわって思ったポリ子さん。

 

年をとっても可愛い人は、素晴らしい感性で均整や整合性を欠き、人を魅了しているのです。

 

すげー。

 

尊敬!

 

では。

勉強しなさい!という言葉について

ポリ子さん、メーカで働いているんですけど、その中でも、うーん如何なものか?と思う言葉

 

それは 

 

コストダウンせよ!

 

とかいう指示です。

 

コストダウンはなかなか進まないのに、

延々と同じ指示の繰り返し…

 

 

 

これ、勉強しなさい!という表現に近いニュアンスを感じます。

 

こどもへの、勉強しなさい!という指示、違和感を感じ続けていました。ポリ子さん。

 

なんで勉強しなきゃいけないのか?

 

はたまた、

 

なんで勉強していないのか?

 

について、話し合い、考える余地ゼロだからです。

 

 

まず、なぜ勉強しなきゃいけないのか?の前提を整理します。

 

例えば…

医者を目指している

家庭の収支から国公立が不可避

今の成績では不十分

ただし勉強すれば可能性がある

 

的な。

 

しかーし、

 

勉強しても可能性がかなり低いと思われる場合は、勉強しても医者になれないために前提が崩壊します。ショックだけど諦めちゃいけません。

 

なので、もう一個掘り下げてみます。

 

 

なぜ医者になりたいのか?

 

です。

 

 

病気で困っている人を助けたい→看護師、介護士ではだめなのか?それはなぜか?

 

 

入院したときに助けてもらって嬉しかった→こどもを笑顔にできるところに惹かれた場合、そんな仕事は他にないのか?教師?児童館職員?

 

 

人体が好きだから→薬剤師?理科の先生?医療に関する記事を書くライター?

 

 

とかとか、自分の特性なりを活かせる選択肢は無限にあったりして、どのくらい勉強して、どの領域の教科を頑張ったりすればいいかも、変わってくるわけです。

 

そしていくつ選択肢を思いつけるか、が知恵だったりするのです。

 

勉強したらいい大学に入れて一流企業で安泰である、とかいう思考ストップワードに騙されちゃいけません。

 

すると、こどもが自分で、定量的、時間軸とともにもっと具体的な目標が立てれるわけです。

 

もちろん小学生に言っても仕方がない場合が多いと思われるので、まぁ成長の様子を見つついきましょう。笑

 

 

次に、なぜ勉強しないのか?についても聞かないといけません。

 

今ダンスで忙しい、とか、彼氏ができた、とか、マンガ読んでた、とか、大人からみたらしょうむない回答が返ってくるかもしれません。

 

でも、勉強よりマンガのほうが価値があると思っているのはなぜなのか?についても聞きましょう。

 

マンガのどこが好きなの?って。

 

ダンスそんなに楽しいの?って。

 

んじゃ、勉強は全く楽しくないの?って。なんで?って。

 

そしたら、クラスのみんなより出来ないから、とか、解けないときイライラする、とか返ってくるかもしれません。

 

そしてこういう真に迫る言葉は一朝一夕では決して言いません。みなさんにも覚えがあるはず。

 

 

最近気付いたことは、

上司だから部下は言うことを聞く

親だから子供は言うことを聞く

聞かなきゃいけない

 

これ自体が、幻想じゃないかなと。

 

 

本当に勉強してほしかったら、じっくりと信頼関係を作る必要があるんじゃないかなと。

 

 

なので、まず第一歩が、一緒に考えれる質問に変えることなんじゃないのかなと思うんです。

 

ぶっちゃけ面倒だけど、面倒をかけたくなるほど愛しい存在ってありますよね。

 

正のスパイラルはまず自分から。

 

愛は地球を救う。笑 

 

 

 

みんな東京に住みたくて住んでんの?

どうもおつかれ〜。

 

世の中ってさぁ、よく分からんことっていっぱいあるやん?

 

東京に人多過ぎ、集まり過ぎってのもそれやわ。しかも、まだ将来的に人増えるとかニュースでやってるやん?

 

まじか!ってなるわ。

 

このトピックな、ポリ子、せっかくやから関西弁で語ろって思って。

東京の話やからさぁ、そっちのがオモロイやん?

 

関西人て東京批判好きやし、まぁそれは妬み半分やな!人口二位ですら横浜に抜かれてる大阪の妬み!!あは!

 

あかん、横道それたわ。

 

そうそ、東京人多過ぎやねんて。大分前やけど、朝のラッシュ時に人を押す仕事見たときの衝撃はんぱなかったよね。

その需給なりたつんや!東京やば!って感じやったわ。

 

たまに出張いったりで東京の駅歩いてたら、サラリーマンの格好した人が大量に双方向で歩いていて、ヌーの群れを彷彿としたわ。

 

あれ、「おれ歯車やな…」感煽るよな〜。横のヌーとおれなにが違うんやろ?ちっぽけ?ってうつ病患者そりゃ増えるわ!みたいな。

 

それに比べたら、田舎なんて基本ライオンとか、チーターとか、キリンとかさ、おれっていーよね、みたいな感じに思い込めたりするからさぁ、いいと思うわ。

周りに動物あんまおらんし。難波の人間なんてマジに動物園並みの個性やしな。こないだ商店街でドラゴンボールの悟空みたわ。あはは。

 

あかん、またなんかよく分からん話でながなった。

 

一応国交省の資料見たで。これこれ。

 

f:id:journalofpersonnepolie:20170310233502p:image

 

あとこれ。

f:id:journalofpersonnepolie:20170310233519p:image

 

なー、やっぱ変やん?なんでそんな東京?みたいに思うやん?

 

 

まぁ、結局仕事なんやろうけどなー。

お殿様の城下町も、農村からの出稼ぎも、人が寄ってくるんて結局仕事があるからやん?

 

仕事があるから人が増えて、人がいるから活動が増えて、活動が増えるから仕事が増えるみたいな感じちゃう。

 

インフレスパイラルみたいな感じやな。

 

でも別にみんな住みたくて住んでるわけちゃうみたいやねんな。

実際ともだちに聞いたら「関西帰りたい、東京もういい」とか言うねん。

 

帰ったら?って思うけどさ、仕事ないって言うねんな。

 

仕事って、つまり産業やん?

 

なんかソフトとかデバイスとか流行ってるし、通販も流行ってるし、在宅勤務とかも言われて来てさ、産業構造って変わるんちゃう?って最近思うんよねー。

 

大学出て東京で9時6時勤務ってのが常識じゃなくなるんちゃうのんって。

 

ポリ子、常識でしょ?っていうの嫌いやねんけど、まぁ社会通念ってやつやな。

 

そんなん変わるからな。

産業構造変わるときに何したいか考えといたほうがいいかもやで。

 

だって変やもん、東京。そんな人口って長続きせん気する。

 

 

確かに、人間て人がいっぱいいるほうが楽しいってのはあるかもしらんけど。安心感あるしな。

 

まぁでもそれって、ヌーの発想ちゃう?

 

我ながらうまいことゆーたな!

 

はい!ありがとうございましたー!

またに。

 

 

参考サイト

https://www.mlit.go.jp/common/001042017.pdf

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうもこんばんは、空気です。

どうもこんばんは、空気です。

 

ご無沙汰していますね。わざわざどうされたんですか?

 

ふむ。以前のわたくしの話を聞いて怖くなっちゃいました?ははは。

 

あー、ご質問ですか。いーですよ、ゆっくり話しましょう。

 

ふむふむ。わたくしが「日本で」、というのが気になりましたか。そうなんですよね、海外だとわたくしの扱いが少し異なるんですよ。

 

日本の方はわたくしのことを気付かない方が多くて盲目的になられてる方結構いらっしゃいます。

 

んー、説明はやや難しいんですけど、

例えば、原発反対!というセンシティブな問題を例にしてみましょう。

 

原発はリスクがありますね、それは福島の通りです。

 

しかし、仮に原発による電気は火力や風力より安価であり、原発を廃止することで貧困層が1%と増えるとしましょう。

 

私達は原発リスクと貧困層の増加を天秤にかけていることになる。

 

いや、仮の話です。

 

ははは。おっしゃることはよくわかります。

 

しかしながら、現実は意外と絶対に悪であるとは言い切れないことしかありません。

 

もっと抽象的な話でいうと、がんばるものは報われる、とかです。

 

これが成り立つとすると、報われないものはがんばりが足りないことになる。

 

果たしてそうなのか?ということです。

 

絶対に悪である、絶対に正しいと、思うときほど、わたくしが活躍させていただける場面というわけですね。

 

無意識に思っている場合が大半ですが、人数が多いほどわたくしは楽にやっていけます。

 

 

まぁ、海外だとそれそのもの自体を理解している人が、日本よりは多い、という印象ですかねー。

 

意識できるから、無視できるというか。

 

 

ああ、すいません。話し過ぎましたね。

 

 

次の質問どうぞ。

えぇ、あーわたくしの苦手なものですか。ははは。

 

あるに決まってるじゃないですか。

 

え?

 

いやいや、別に大丈夫です。

 

それは、「水」です。

 

つまりですね、水を差してくる輩いるでしょう。そいつらです。

 

まぁ、わたくしのほうが強い場合もありますが。

 

無視してそのまま居座ってやります。

ははは。

 

え?

 

わたくしより強いものですか?

 

ふむ。

 

強い…といいますか、わたくしを認識したうえで、周りには気付かれないように、わたくしの向かう方向を変える人間というのが、ごくごく少数ですがいますね。

 

いや、いい人もいますよ。詐欺師という意味ではなく。

 

え?

 

そんな質問をしているようでは、なかなか道半ばという印象です。ははは。

 

 

まぁ…そうですね、人間と空気、そのものに気付くところから始めてはいかがでしょう。

 

わたくしは、思っているよりもあっけないですよ。

 

だって、

 

そう、

 

空気なので。