ポリ子の日記

ポリ子さんの抽象的で感覚的でたまに論理的な日記です。大手メーカ経営企画。海外旅行。哲学。心理学。宗教。政治学。社会学。経営学。美味しいもの。個性。人類。が好きです。

しないことを決めると、別のものが手に入る


時間は最も希少な資源
時間をマネジメントできなければ
なにもマネジメントできない
ドラッガー『経営者の条件』より



30歳を過ぎて、え?もう?まじで?

あと50年しか生きられへんの?

やば。。。

 

と思いました。

 

まだなんも達成できてないやん、的な。

 

ドラッガーは時間に関する言葉が多くて、

 

時間に関する希少性と重要性を強調しています。

 

 

30歳あたりで納得したポリ子は、

 

2016年より、テレビを見る時間を捨てました。

 

朝のニュースのみ見て、

帰宅後と土日は一切見ない。

 

そして、得た時間で様々なジャンルの本を読み漁り、

2年でたぶん読んだ本は100冊を超えました。

 

100冊?を超えたあたりから、

ものをよく知ってるね、とか

経験豊富だね、

賢いね、とか言われるようになりました。

経験してないのに!!!

本読んでるだけなのに!!!

 

 

芸能ニュースとかには全くついていけなくなりましたが、得たものは大きいです。

 

 

2018年は自炊する時間を捨てて、

英語の習得にあてたいと思います。

 

 

本当は家でゴロゴロしてマンガ読んでる時間すてたほうがいいんだろうな。

ZOZO見てる時間も無駄やよな。

 

と思います。

 

でも、その時間好きなんやもん!!!

 

スマホも人をダメにしますよね。

 

取り組みやすく影響のあるものからトライするのがマネジメントのコツだよね。

 

やからやっぱ自炊の時間を捨てます。

コンビニサラダと、豆腐、納豆、缶詰め、惣菜

大活躍だぜ!!

 

お米はたくし、ちょびっとは作るよ。

 

ポリ子でした。

 

 

ゼロ円 ダイエット法

 

歳を重ねるにつれて

 

体重が減るのが難しくなるなぁーと感じる今日この頃です。

 

付き合いは増え、飲み会も増えるからこそ

 

増す体重、、やばい、、、

 

しかも仕事のストレスでさらに体重が減らない、、、

 

という訳で昨年から痩せたいと思っていましたが結局体重は減らないまま。

 

そこで今年から新たなダイエット方法を取り入れました。

 

それは、コミットメントです。

 

コミットメントとは、目標を周囲に宣言して達成を約束することです。

 

つまり、今年の目標はダイエットです!痩せます!と周囲に言いまくるのです。

 

恥を捨て、会社の人に敢えて言いまくることで、

飲み会はイタリアンから鍋になり、

一杯目からハイボールにでき、

外出時のボリューミーなランチも残し、

おばちゃんがくれるお菓子も断れる!

 

つまり、空気読まずにダイエット一筋になれるのです。

 

しかも、宣言しているので、

抑止力を感じることができ、

達成にも意欲的になれます。

 

周りに流される、誘惑に弱い人にオススメな方法です!!!

 

二週間でひとまず1キロ落ちました。

 

半年かけてあと7キロがんばります!!!

 

コミットメント ポリ子でした。

 

 

 

 

 

宗教っぽさを感じるときの怖さについて考えてみた

 

色々な公演を聞いたり、本を読んだり映画を見たりして、「なんかあれ宗教っぽいよね」って感じるときありませんか。

 

それって大体がネガティブなイメージだし、

なんかこわーいって意味だと思います。

 

大体の人は、なんか宗教さを感じると、

嫌な感じだから、否定し、

その考えゴミ箱へぽいってなると思うんです。

 

果たしてそれで良いのか?

 

と自問自答したので、そもそもなぜ怖いのかについて考えてみました。

 

解答案は以下の通りです。

 

我々は結構不確かで曖昧なものに囲まれて生きており、それらカオスな世の中を理解するため、考え方みたいなものは幼少期に(13歳くらいまでに)大体固まります。

その無意識といってもよい考え方を変えられる場合に、宗教的であると感じる場合が多く、変えられた場合の影響力は絶大なため恐怖を感じます。加えて、少数な考え方を採用した場合は大衆から孤立する場合が多く、危険を感じるのも恐怖の要因です。

 

 

 

はぁ?って感じだと思うので説明してみます。

 

例えば、人類は皆平等に扱われるべきである、という考え方。結果的に不平等になったとしても、対等に扱われるべきだよね、という問いに大体の日本人はイエスと答えるはず。

 

しかし1800年代のアメリカへタイムスリップしたとしましょう。

黒人は奴隷であることが当たり前の世界。

牛や豚よりも便利な生き物として奴隷は愛されていて、

みんなこういうのです

 

「え?黒人は人間じゃないよ?奴隷だよ?

差別っていうか、え?差別じゃないよ!

だって奴隷は奴隷だよ!家畜みたいなもんじゃん。

大事に扱ってるし彼らも幸せそうだよ?

なにがダメなの?」

 

周囲の人間ほぼ全員がそう素直に悪意なく話しているとして

いったいどれだけの人間が白人と黒人は平等だと説明できるでしょうか。

 

なんで?って聞かれたらどう答えますか?

 

 

愛は素晴らしい。

 

自由って素敵。

 

 

そんな当たり前なものたちも言ってしまえば、幼少期に確立したものの考え方であるし、それらはある種宗教的だし、洗脳的なのです。

 

科学が宗教に勝てたのは、ものの考え方に左右されずに同じ結果になるということの普遍性であり、科学が立証できないものは大概無意識な考え方で社会は成り立っています。

 

あるオセアニアの島では、父よりも母方の男兄弟が家族内で権限をもつ民族もあります。

 

家族とはどういうものか。

 

それすらも無意識への刷り込みなのです。

無意識への道徳観への刷り込みが宗教的なものです。

 

人間は、無意識なものの捉え方をした後に、意識的なものの捉え方をして、認識し、考えて、行動します。

 

つまり

宗教的であると感じるものに無意識な刷り込みを変えられてしまうと、私達の行動は一変することになっちゃうわけです!

 

 

自家用車の購入を、夫でなく自分の兄に許可を求める。

夫でなく兄に子供の名付け親になってもらう。

夫でなく兄に養ってもらう。

などなど。

 

これらの行為の正当性を主張した場合

日本では異常者と思われてしまいますよね?

父より兄のほうが偉い。だから権限があるべき!とか言っていたら宗教っぽくないですか?

 

これが宗教っぽさの正体であり、宗教っぽさを感じたときの怖さの正体。

 

宗教っぽいものの怖さが判明した後で私が言いたいことは、

宗教的であると感じた場合に即否定するのではなく、

自分の無意識なものの考え方に目を向けてみよ、ということです。

 

 

その考え方が本当に大事であるのかそうでないのか、

一度考えてみたほうがよい場合もあるはず。

 

 

ただし、影響を受けるともう2度とは戻れません。

リスクは大なのでよく考えてね。

 

長文読んでくださった方ありがとうございました。

 

こんなことばっかり考えてしまうポリ子でした。

 

 

 

感じないって「ない」と同じです。

 

ある朝なんか変だな?と思いました

 

テレビの音がいつもより大きい

 

会社に行くとみんなの声が異常に反響する

 

やばいかな?と思い病院にいくと突発性難聴と診断されました

 

反響は解消されましたが

 

左耳のある周波数の音が全く聞こえない

 

右耳は聞こえるので日常生活には支障ないのですが

 

片耳だけの聴力試験で

 

左耳はある音域になると全く聞こえなくなる

 

気付いたことは、音が鳴っていないのと聞こないのとは

 

全く同じ。

 

素直に、音なんてなってません!となる。

 

この経験を飛躍すると

 

感じないと

 

ないと認識するということは

 

すごい近いところにあるということに気付いた。

 

感覚ってのは個々の知覚をベースとしているから人それぞれで

 

ゆえに、感じない人にいくら自覚してほしいと思っても限界があるなと。

 

危ないと感じる人にはリスクはあるも同然で

 

危ないと感じない人には平穏な毎日で

 

悲しい人には悲しさは当たり前で

 

悲しくない人にはただの弱い人間のようにうつる。

 

ないわけじゃなくて、あなたが感じてないだけじゃないの?

 

でも、感じないってないも同然だから分かんないんだよね。

 

痛い目みないとわかんないってやつかも。

 

感じる人が共感を得たければ、説明するしかないのです。

 

その場になって感じさせるしかないのです。

 

 

感じる人が感じない人に伝えるよい方法ってないのかしら?

 

あ、疑似体験か?

 

ポリ子でした

 

 

ムハマドユヌスさん、ほんとすごい。

 

どうもこんにちは。ポリ子です。

 

わたくし、世界で一番ムハマドユヌスさんを尊敬しています。

 

なぜなら、ルールで縛るのではなく、仕組みに着目し、善意ではなく、欲望と希望をエネルギーとして、世の中を変えた人がだからです。

 

 

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この方がユヌスさん。

 

バングラデシュにおける、たった27ドルのお金を借りられず、籠を作る材料すら借りられず、貧しさから抜け出せない人達に、マイクロファイナンスという団体向けの少額融資仕組みを提供し、その栄誉からノーベル平和賞を受賞した方です!

 

私がすごいなーと思う点は以下3つです。

 

⑴固定概念にとらわれず女性の欲望と希望に着目したこと

バングラデシュイスラム教徒が多く、男性が優位な文化です。女性にお金を貸すなど考えられなかった。

しかし、ユヌスさんは、子供の成長に男性よりも関心のあり、子供のためならと労働意欲が高い女性向け小口ファイナンスを実施。子供に良いものを与えたい、働きたいという希望と欲望に注目した。

 

⑵ちゃんと返せよ、というルールだけじゃなく、連帯責任という仕組みを採用したこと

ユヌスさんは、村の女性数名に連帯責任としてお金を貸した。ルールによる罪悪感だけでは返済できない人たちに、連帯感による抑止力とたぶん一緒に頑張る仲間意識で返済を促した。会社みたいだね。

 

⑶ちゃんと利子を取り利益をあげていること

どんなによいシステムでも疲弊したら続きません。ですので、ちゃんと一般貸付よりも高い利息をとり、ユヌスさんのグラミン銀行は今もちゃんと利益をあげています。⑵も管理コストが下がるいいアイデアだよね。日本には利益を悪だという人がいますが、利益をあげているから、翌年もっとリスクをとって沢山の人に貸し出せるし、管理コスト削減の投資もできるし、よい人材を確保してよいアイデアでさらに発展することができるのです。よい事業だからこそ儲けないといけません!

 

善意だけで成り立つのは不可能に近いし

与える側と与えられる側は真に平等じゃないし

疲弊しちゃう

 

自己犠牲に成り立つ仕組みは長く続かない

 

でも

 

豊になりたい、明日はもっといい日にしたいという欲望と希望をエネルギーに

人間の本能を利用したインセンティブを使って

貧困層を対象にしたビジネスを成り立たせることができたら

長く続く。それは未来をつくる。

 

 

実はこれに近いのが、ふるさと納税の仕組みだと思う。

 

未来をつくる資本主義の担い手になりたい

ポリ子でした

 

 

それ預かりの品ですよ?

 

 

彼女はよく人の話を聞いた。

 

ふむふむ

 

そうなんだ

 

知らなかった

 

さすがだね

 

すごいね

 

立派だよ

 

あはは

 

おもしろいね

 

とても聞き上手だったために、彼女はよく預かりものをした。

 

かつ、彼女は、真摯だったために

その預かりものを本人に会えるまで大事にとっておいた。

 

きちんとそのままのかたちで。

 

本人に会うと彼女は微笑みながらそれを渡した。

 

それは、なんのことはない。

 

ある言葉たち。

 

一言一句きっちりと。

 

ある人が言っていたある人の賛辞を本人へ渡すのだ。

 

いつも挨拶してえらいねって。

 

仕事はやいねって。

 

こないだもらったお菓子すごく美味しかったって。

 

その場にいない人の賛辞は、その人への預かりの品。

 

プレゼントだ。

 

 

 

 

85才男性への癌手術なんて要らないんじゃないかとか

 

先日、親類が入院するにあたり

 

病室の男性と色々話していました。

 

齢85才。

 

消化器系の癌だそうで腹腔鏡手術をしたそうです。

 

ちなみに高額医療なので申請したら所得かなんかに応じた金額になり個人負担は数万円程度。

 

腹腔鏡手術は1日がかりであり、医者数名および看護師数名、手術準備に要する時間、機械使用の設備費で余裕で100万以上はかかっているはず。

 

毎日全てを金銭価値に還元しまくっている経営企画の私は、85歳という平均寿命を上回り、かつすでに退職されているこの男性にそれだけ税金を充てる価値あるのか?

と投資採算性を考えてしまいました。

 

これから数年しか生きない可能性が高く、

所得税だって納めないし、

差額90万以上負担する意味ある?みたいな。

 

 

そして怖くなりました。

 

 

つまり

 

自分の中に行き過ぎた資本主義をみました。

 

この考えは行き過ぎると、働けないものは死ぬべきだ、みたいな恐ろしい功利主義につながるのです。。。

 

働けない障がい者は生きてる価値あるのか?みたいな恐ろしい問いです。

 

 

金銭価値に全て換算できるわけありません。

 

 

人の命、人の尊厳、というのはなりより優位にたつ普遍的価値であると心に留めておきましょう。

 

あーこわ。

頭ん中資本主義化ポリ子でした。