ポリ子の日記

ポリ子さんの抽象的で感覚的でたまに論理的な日記です。大手メーカ経営企画。海外旅行。哲学。心理学。宗教。政治学。社会学。経営学。美味しいもの。個性。人類。が好きです。

感じないって「ない」と同じです。

 

ある朝なんか変だな?と思いました

 

テレビの音がいつもより大きい

 

会社に行くとみんなの声が異常に反響する

 

やばいかな?と思い病院にいくと突発性難聴と診断されました

 

反響は解消されましたが

 

左耳のある周波数の音が全く聞こえない

 

右耳は聞こえるので日常生活には支障ないのですが

 

片耳だけの聴力試験で

 

左耳はある音域になると全く聞こえなくなる

 

気付いたことは、音が鳴っていないのと聞こないのとは

 

全く同じ。

 

素直に、音なんてなってません!となる。

 

この経験を飛躍すると

 

感じないと

 

ないと認識するということは

 

すごい近いところにあるということに気付いた。

 

感覚ってのは個々の知覚をベースとしているから人それぞれで

 

ゆえに、感じない人にいくら自覚してほしいと思っても限界があるなと。

 

危ないと感じる人にはリスクはあるも同然で

 

危ないと感じない人には平穏な毎日で

 

悲しい人には悲しさは当たり前で

 

悲しくない人にはただの弱い人間のようにうつる。

 

ないわけじゃなくて、あなたが感じてないだけじゃないの?

 

でも、感じないってないも同然だから分かんないんだよね。

 

痛い目みないとわかんないってやつかも。

 

感じる人が共感を得たければ、説明するしかないのです。

 

その場になって感じさせるしかないのです。

 

 

感じる人が感じない人に伝えるよい方法ってないのかしら?

 

あ、疑似体験か?

 

ポリ子でした

 

 

ムハマドユヌスさん、ほんとすごい。

 

どうもこんにちは。ポリ子です。

 

わたくし、世界で一番ムハマドユヌスさんを尊敬しています。

 

なぜなら、ルールで縛るのではなく、仕組みに着目し、善意ではなく、欲望と希望をエネルギーとして、世の中を変えた人がだからです。

 

 

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この方がユヌスさん。

 

バングラデシュにおける、たった27ドルのお金を借りられず、籠を作る材料すら借りられず、貧しさから抜け出せない人達に、マイクロファイナンスという団体向けの少額融資仕組みを提供し、その栄誉からノーベル平和賞を受賞した方です!

 

私がすごいなーと思う点は以下3つです。

 

⑴固定概念にとらわれず女性の欲望と希望に着目したこと

バングラデシュイスラム教徒が多く、男性が優位な文化です。女性にお金を貸すなど考えられなかった。

しかし、ユヌスさんは、子供の成長に男性よりも関心のあり、子供のためならと労働意欲が高い女性向け小口ファイナンスを実施。子供に良いものを与えたい、働きたいという希望と欲望に注目した。

 

⑵ちゃんと返せよ、というルールだけじゃなく、連帯責任という仕組みを採用したこと

ユヌスさんは、村の女性数名に連帯責任としてお金を貸した。ルールによる罪悪感だけでは返済できない人たちに、連帯感による抑止力とたぶん一緒に頑張る仲間意識で返済を促した。会社みたいだね。

 

⑶ちゃんと利子を取り利益をあげていること

どんなによいシステムでも疲弊したら続きません。ですので、ちゃんと一般貸付よりも高い利息をとり、ユヌスさんのグラミン銀行は今もちゃんと利益をあげています。⑵も管理コストが下がるいいアイデアだよね。日本には利益を悪だという人がいますが、利益をあげているから、翌年もっとリスクをとって沢山の人に貸し出せるし、管理コスト削減の投資もできるし、よい人材を確保してよいアイデアでさらに発展することができるのです。よい事業だからこそ儲けないといけません!

 

善意だけで成り立つのは不可能に近いし

与える側と与えられる側は真に平等じゃないし

疲弊しちゃう

 

自己犠牲に成り立つ仕組みは長く続かない

 

でも

 

豊になりたい、明日はもっといい日にしたいという欲望と希望をエネルギーに

人間の本能を利用したインセンティブを使って

貧困層を対象にしたビジネスを成り立たせることができたら

長く続く。それは未来をつくる。

 

 

実はこれに近いのが、ふるさと納税の仕組みだと思う。

 

未来をつくる資本主義の担い手になりたい

ポリ子でした

 

 

それ預かりの品ですよ?

 

 

彼女はよく人の話を聞いた。

 

ふむふむ

 

そうなんだ

 

知らなかった

 

さすがだね

 

すごいね

 

立派だよ

 

あはは

 

おもしろいね

 

とても聞き上手だったために、彼女はよく預かりものをした。

 

かつ、彼女は、真摯だったために

その預かりものを本人に会えるまで大事にとっておいた。

 

きちんとそのままのかたちで。

 

本人に会うと彼女は微笑みながらそれを渡した。

 

それは、なんのことはない。

 

ある言葉たち。

 

一言一句きっちりと。

 

ある人が言っていたある人の賛辞を本人へ渡すのだ。

 

いつも挨拶してえらいねって。

 

仕事はやいねって。

 

こないだもらったお菓子すごく美味しかったって。

 

その場にいない人の賛辞は、その人への預かりの品。

 

プレゼントだ。

 

 

 

 

85才男性への癌手術なんて要らないんじゃないかとか

 

先日、親類が入院するにあたり

 

病室の男性と色々話していました。

 

齢85才。

 

消化器系の癌だそうで腹腔鏡手術をしたそうです。

 

ちなみに高額医療なので申請したら所得かなんかに応じた金額になり個人負担は数万円程度。

 

腹腔鏡手術は1日がかりであり、医者数名および看護師数名、手術準備に要する時間、機械使用の設備費で余裕で100万以上はかかっているはず。

 

毎日全てを金銭価値に還元しまくっている経営企画の私は、85歳という平均寿命を上回り、かつすでに退職されているこの男性にそれだけ税金を充てる価値あるのか?

と投資採算性を考えてしまいました。

 

これから数年しか生きない可能性が高く、

所得税だって納めないし、

差額90万以上負担する意味ある?みたいな。

 

 

そして怖くなりました。

 

 

つまり

 

自分の中に行き過ぎた資本主義をみました。

 

この考えは行き過ぎると、働けないものは死ぬべきだ、みたいな恐ろしい功利主義につながるのです。。。

 

働けない障がい者は生きてる価値あるのか?みたいな恐ろしい問いです。

 

 

金銭価値に全て換算できるわけありません。

 

 

人の命、人の尊厳、というのはなりより優位にたつ普遍的価値であると心に留めておきましょう。

 

あーこわ。

頭ん中資本主義化ポリ子でした。

勇気のプレゼント

 

4月1日より新しいことをやる部署に異動しました。

 

新事業にかかわることなのですが、

事業立地は人生と似ていて

正解はなく

あるのは豊かに生きれるのか生きれないのか

 

ただそれだけ。

 

豊かさは金銭的にも感情的にも言うことができます。

 

ただし、最低条件として継続的に食べていけること、つまり稼ぐことがあります。

 

んじゃなにするの?というのは自由なわけで

 

まさしく事業とは就活に似ている。

 

 

毎日なにしたらいんやら、

どうしたらいんやら迷子です。

 

 

そんな中で、本当に周りに涙が出るくらいありがとうって思う瞬間がある。

 

できるよ!すごいいいアイデアじゃん!

 

って言われたときです。

 

いいアイデアって言ってくれた人のためにがんばろうって思う。

 

ありがとうは、暖かさのプレゼント

すごいねは、自信のプレゼント

あなたのままでいいんじゃない、は安心のプレゼント

できるよは、勇気のプレゼント

 

です!!!

 

わたしもみんなにプレゼントするから、会いましょう。語りましょう。

 

ポリ子でした。

 

 

 

 

不倫に罰金500万円を課したら少子高齢化対策になるのでは?

 

日本で叫ばれて長い少子高齢化

 

初婚年齢、第一子を産む年齢は上がり続けております。

 

そんななか、少子高齢化に拍車をかけている一因。

 

そう、不倫。

 

 

道徳を論じるつもりなんてない。

ただ、不倫って子供産めないから、少子高齢化にはまずいはずである。

 

だからペナルティー貸してみたらどうかな?

 

例えば罰金とか!

100万円だと男女で割ると50万円ずつと払える金額になる。

 

なので、やめとこ。ってなる金額500万円、男女で割ると250万円くらいがいいかな。

 

 

集めた罰金は保育所設営の財源にするのです。

 

結構いいアイデアだと思うけど、政界のおじ様方は半分くらい不倫してそうだから法案通らないかな。

 

 

奇抜なこともいうポリ子でした

あなたに正義はあるか?

 

アリストテレス曰く、

 

物事の真実は全て中庸にある。

 

問い、課題には全て白黒、右翼左翼、良い悪いといった極端な回答があり、なかなか自分の立場を決められないことが多い。

 

自分の立場を明確にしようと思うと、白と黒の間の細かな濃淡の中で揺れ動くことになる。

 

もちろん、全ての人は自分の所属する多元的価値観に判断が影響される。

人による、文化による、場合による、という答えだ。それはつまり、その人の所属しているコミュニティや文化や出生を尊重しているということだ。

 

例をあげよう。

例えば犬を食べる文化があるとする。それは果たして良いことなのか悪いことなのか?

これに対する答え。

それは文化を尊重せねばならないというものだ。良いとか悪いと言う問題ではないと、白黒の色をつけないという答えである。文化や個人やコミュニティの尊重、それは我々が学校で学び身に付けた1つの哲学である。

 

 

しかしながら、人は時に問いに答えねばならない時が来る。

 

後輩がサボっていたことを咎めるべきか?

会社は不採算事業から撤退すべきか?

こどもがゲイだった場合に許すべきか?

政府は軍隊を強化すべきか?

日本は難民を受け入れるべきか?

 

 

完璧なものなんてない。

世の中の課題に正解なんてほとんどない。

 

その上で人類の最大幸福につながる自分の正義を考えなきゃいけない。自分の善、それは何なのかを問い続けることが大切なのである。

 

完璧なものなんてないからこそ、自分の正義に従い、自分の正義と自分自身を愛する事が大事なのである。

 

自分の正義は不変じゃなくてもいい。

なにか起きる度、その都度その都度、人の正義、人の哲学に触れ、学び、尊重し、考え、正義を更新していくことこそが大事なのである。

 

 

あなたにとっての正義はなんですか?

 

 

あなたにとっての悪はなんですか?

 

 

些細な事でもいいと思う。

 

でも

少し周りの人が幸せになるように、あなたの心の声に従うことで、あなた自身が幸せになることもあると思うのです。

 

周囲の人と、世の中と、そしてあなた自身の心の声に、真剣に向き合うことが、人生にとって大事であると思います。

 

あなたの正義を考えることが、世の中を良い方向に変えていく社会の原動力になると思うのです。

 

 

熱めのポリ子でした。