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ポリ子の日記

ポリ子さんの抽象的で感覚的でたまに論理的な日記です。大手メーカ経営企画。海外旅行。哲学。心理学。宗教。政治学。社会学。経営学。美味しいもの。個性。人類。が好きです。

日本の災害避難って実は変じゃない?

たまには社会派ポリ子さんでいきます。

依然、ある先生と日本の避難住宅についてお話をさせていただき機会があり、はっ!としたのでご紹介しましょーう。

日本で地震、洪水等が発生した後のよくある光景。

支給された毛布にくるまり、炊出しを食べ、体育館に集まり、大人数で共同生活を営む避難民の方々。総理大臣や天皇が訪問してこられ、握手しているシーン。「今日は寒いので高齢者の方は心配です」と訴えるレポーター。

「うんうん、日本てほんと災害多くて大変だよね!がんばってね!!」と頷く視聴者。

まぁ、そうだね。こんな感じだよね。


ポリ子さんもそう思って先生と話しておりました。

 

ポリ子「災害時、仮設住宅ってなかなかできないですよね~。もっと早く作ればいいのに。」

 

先生「でも仮設住宅は1戸600万程度かかるし、仮設の設置戸数は全壊、全焼、流出世帯の3割以内なんですよね。」

 

ポリ子「全員入れるわけじゃないんですね。」

 

先生「そうそう。自治体もルーティン作業だと思いますよ。しかも神戸の震災の時は入居完了まで半年かかったそう。」

 

ポリ子「えっ?それまでずっと体育館ですか。」

 

先生「そう!日本てGDP世界第3位でしょう。よく考えてみてください。あれが先進国の避難所の姿ですかね?アメリカでは一般に災害時は「仮設」ではなく、既存のホテル等の宿泊施設に入居させるのが常識。避難所に押し込んで、仮設が出来るまで待って、という事は基本的に無し。」

 

ポリ子「そういえば、忘れていましたがホテルがありますね。なんで日本人は近隣のホテルに入らないんでしょうか。」 

 

先生「体育館にいないと情報網から漏れちゃうからです。自治体に必要な届け出とか、避難所にいると色々情報が入手できるから皆あそこにいるのです。」

 

ポリ子「でも、今やインターネットとかありますよね。ipadとか貸し出せばいいですよね。」

 

先生「アメリカではインターネットを通じた自治体とのコミュニケーションが日本より盛んです。日本がいかに非効率なことをしているかわかるでしょう。」

 

ポリ子「ほんとですね!考えたことすらありませんでした。」 

 

先生「しかも、仮設用のプレハブはクオリティーをもっと上げる実力はあるのに、「平等」史上の考えが強く、メーカーによって差が出た場合、わざわざ高い方のグレードを落とす追加工事が行われたこともあるそうです。お弁当が人数分に満たなければ廃棄しちゃうというエピソードもありますね。」

 

ポリ子「日本て…。なんとなく災害対策は進んでいるとばっかり思っていました。社会主義みたい。」

 

先生「災害避難に関する法律ですが、60年前の戦後復興の頃から発想がかわっていないんだと思いますよ」

 

ポリ子「…日本らしいっちゃらしいですが。」

 

はてさてここでは、

 

いわゆる避難作業を実施しているのは積極的に現状より変化させる組織ではない自治体であるという構造的問題、

 

戦後の復興から大きく制度を変更していないルールの問題、

 

災害時避難と言えばしんどく大変で体育館へ行くものだと思っている我々個人の意識の問題が深く絡み合っていると思われます。

 

これを打開するには、個々人の意識が大きく揺さぶられるようなエピソードが生じないと難しいだろうね。

 

 

個人のよりよい暮らし、資産の有効活用をすすめるためにも考え直した方がいいのじゃないか!

 

日本の災害避難。

  

ごめんなさい、それは愛の告白。

小ちゃい頃からいいこちゃんだったポリ子さん。

 

小学校で怒られたこと、のべ3回。

 

中学校で怒られたこと、0回。

 

高校で怒られたこと、0回。

 

そんな感じで大人の顔色読むのが得意だったので、ほとんど謝ったことなし。

 

なので、謝るの苦手です。。。

 

そんなポリ子さん。こないだ本を読んで感銘を受けたことがあります。

 

ごめんなさいは、意味を説明すると

 

「ごめんなさい、私の負けです。」

 

「ごめんなさい、私が間違ってました。」

 

という非を認めるという意味ではなく、

 

「ごめんなさい、私が間違ってました。でも、あなたのことが好きだから、これからも一緒にやっていきたいの」

 

という愛の告白なのだと。

 

つまり、謝罪は自分をダメな人間であると認めるということではなく、あなたのことが大切なのです、という強いメッセージなのです。

 

そこで、ミラー効果だっけ?

好かれると、好きになっちゃうやつ。

 

これ発生する場合あるんだって!

 

つまり、謝ると、相手から自分に対しての好意がゲットできるわけです。

 

「そんなにわたしを大切に思ってくれているなんて、なんて良い人なのかしら」と。

 

愛を伝えて、愛される。

 

みんな、誠意ある謝罪をしましょう。自分への戒め含む。

 

 

 

自分も他人も知らない自分になる方法

 

宗教みたいな題名です。笑

 

でも、宗教じゃないです。こわがらないで。笑

 

みなさん、人から自分自身についてコメントされたとき、え?そんな風に見えてるの?って思ったことないですか?

 

ちなみにポリ子さんは、

 

この間、課長に「出ているのに打たれない杭だよね、なんかノウハウあるんだろうね」って言われてびっくりしました。そんな風に見えていたのか・・・。

 

大学時代は、いろいろ悩み相談していた際に大学教授に「ポリ子さんも20歳だったんだね」って言われてびっくりしました。20歳よりも年上に見えていたのか・・・。

 

大学時代の親友からは「めっちゃいつも考えてるよね」って言われて、え?みんなは考えてないの?ってびっくりしました。そんな風に思われているのか・・・。

 

まぁ、そういうのあるよね。

 

そういうのメモっておくといいらしい。自分が認識できていない自分のイメージです。

 

例えば、ポリ子さんの第3者見解を超いい感じに超ポジティブにまとめると、「思慮深く、コミュニケーション力が高く、自分の意見をはっきり言う」みたいなことになります。照れます。

 

もちろん自分にとってショックなこともあります。

 

会社の先輩からは、「遠慮してない?」と言われ、え?そんな風に見えてるの…とか。

 

同僚からは、「部下に厳しそうだよね」と言われ、え?そう?怖いのかな...とか。

 

女友達からは、「彼氏いらないオーラでてるよ」と言われ、え?まじか!!!とか。

 

これネガティブにまとめたくないので割愛します。笑

 

そして、それは事実、第3者から見ると、そう見えているのです。

 

ここで登場、ジョハリの窓。じゃじゃーん。

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私が言っているのは、「自分が気づいていない」×「他人が知っている」という右上の欄「盲点の窓」です。

 

この際、ネガティブなことはどうしようもないので無視しましょう。人間悪いところはそんなにすぐになおりません。

 

私が今回いいたいのは、他人のいう自分では気づいていない「ポジティブな盲点の窓」を信じてみると、自分も他人も知らない「自分のポテンシャル」(未知の窓)が開花するのはないか?ということです。

 

こんな感じ。

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簡単な例だと、

 

野球が好きで野球に打ち込む、中学2年生の太郎くん。

 

ある日、野球部の練習場にボールが転がってくる。ぽーん、と蹴ってあげると、なんとそのままゴール!「太郎、お前サッカーのがうまいんじゃね?ぎゃはは」と笑う野球部員たち。

 

そしてある日親友が真面目な顔をして、こういうのです「おれ、昔っから思ってたけどお前野球よりサッカーのが向いてるよ」(盲点の窓ですね)

 

さぁ!!!太郎くん、どうする??

 

こんな風に書くとわかりますが、太郎くんは悩みます。

 

「だって、俺野球好きだし…だって、俺小学校2年から野球やってきたし…だって俺、父親も野球が好きで応援してくれているし...」

 

でも、本当にサッカーの天才だったら?

 

他人のいう自分では気づいていない「ポジティブなこと」(盲点の窓)を信じて、自分も他人も知らない「自分のポテンシャル」(未知の窓)に賭けることって怖いんだよね。

 

だって、わかんないんだもん。

 

でも、サッカーやってみたら楽しいかも。いい成績がでるうちに好きになっちゃうかも。

 

本当に才能が有って、才能に努力が重なって、成功して、ワールドカップに出た後に、「あのときの親友の一言なければ、おれはこの場にいません。」ってインタビューに答えてるかも。

 

親友を信じれる?自分を信じれる?チャレンジできる?チャレンジした後に継続してがんばれる?

 

ハードルはいくつもありますね~。

 

でも、ポリ子さんとしてはたまにはチャレンジしてみてもいいんじゃない、って思うんです。

 

あともうひとつは、みんな太郎くんの親友にならなきゃなのです。

 

「あなたのここ、すごい!って思ってたよ」っていうだけで、盲点の窓を開いてあげるだけで、みんな自分のいいところ伸ばしはじめるんだよ。

 

そして、案外みんな盲点の窓に入っていることってたくさんあって、自分で気づいてなかったりするんだよね。

 

この記事が、あなたのちょっとしたチャレンジにつながりますように★

 

画像は以下より引用させていただきました。

potect-a.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界の片隅に、良かったから見てみて。

今流行っておりますこの映画。

 

この世界の片隅に。 以下ネタバレ含みますから、ご注意。

 

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舞台は広島の呉。絵が好きで、おとなしく、慎ましやかな主人公すず。すずは、ほんわかおっとり、18で顔も知らない人のところへ嫁ぎ、足の悪い義母のためにせっせと働き、たまに大好きな絵を描いて過ごす。

でも、幸せに、夫と、暮らしている。

 

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そんな中襲う戦争。

 

この映画のいいところはたくさんあるけど、響いたのはこの言葉。

 

若いときは、モダンガールで、気が強くて、時計屋の跡継ぎと恋愛結婚し、たまに幼い娘と帰ってきては好きかって振る舞う義姉が、すずに放つこの言葉。

 

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「わたしは好きなことして、自分の人生を自分で選んできた。でも、あんたは違う。流されて生きてきて、さぞかしつまらん人生やったやろ」

 

つまらん人生やったやろ。

 

 

ぎくっ

 

ってしませんか。

 

現代社会の多くの価値観は義姉と一緒でしょ。

 

流されて生きちゃいけない。

 

自分で選んだ道を歩め。

 

流されて生きてるの?バカじゃないの?って。

 

流されて生きてる、わたしダメだなって。

 

でもね、

 

つまらん人生と、楽しい人生の差が、果たして義姉がいうところの、自分で選んでいる感じ、つまり自由な選択権の行使によるものなのかしら?

 

 

すずは、おしゃれじゃない。ぶっちゃけダサい。

 

んで、夫と街で待ち合わせに向かう準備中、義姉に「それでいくの?」と言われて、おしろいをパタパタはたく。

 

街で会った夫に言われる。

 

「どしたんや、その顔」

 

まっちろな顔のすず。でも夫はこういう。

 

「まぁ、すずさんが元気やったらいいわ」

 

そして、街中で手を握ってくれる。

 

おしゃれっていうモノサシで計れば、すずは不合格。

 

でも、すずは、おしゃれなんかどうでもいい。

 

たまに街に出て、人がいっぱいやね、映画また今度にしよっか、と笑いあえる相方がいる。あー幸せ、と。

 

すずは、実は自分の価値観に忠実に生きている。

 

自由は、自由な選択権を行使しまくることじゃなく、わたし、自由ですからオーラだしまくることでなく、私こっち行きたいなって方向に、散歩みたいに、てくてく進めること。

 

さらに、一緒に手をつないで進んでくれる人がいれば、幸せ。なのです。

 

昨今、女性を取り巻く価値観は多様を極めており、とどまることをしりません。怖い限り。

 

彼氏いるいなーい

結婚してるしなーい

仕事楽しい楽しくなーい

若い若くなーい

旦那がすごいすごくなーい

学歴いいわるーい

モテるモテなーい

キレイキレイじゃなーい

女子力あるなーい

 

…ありすぎ!!!

 

『自由』と、『人から見て自由』って違いますヨ。

 

 

みなさん、義姉みたいな価値観押し付けてくるやからにはお気をつけて、散歩しましょう。

 

 

 

2つのプライド

プライドには2種類あります。

 

1つは、攻めるプライドで

 

1つは、守るプライド。

 

プライドは大事です。自分の誇り。それ自体が自分自身。

 

でも、プライドが大事な理由は、自分を幸せにするから、と、周りを幸せにするから、という2つのことから。

 

「おれは世界一のケーキを作る」

 

「私はだれよりも生徒のことを考えている」

 

それがわたし。それがおれ。

 

だから、ひたむきになれる。真摯に取り組める。

 

でも、

 

「わたしは学校で一番英語ができる」

 

「おれは学校で一番数学ができる」

 

これは果たして…?

 

数学が優秀で、英語も優秀な、天才が転校してきたらどうなるのかしら。

 

「あいつ、絶対ズルしてるやろ。」

 

「あいつ、帰国子女やから出来てあたりまえやろ。」

 

自分は学校で一番英語ができる、それがおれ?

 

たまたま転校生が優秀だったらいじめちゃう、それがわたし?

 

自分より出来るやつ、出来ないやつ、判断できない、それがおれ?

 

 

いえいえ

 

おれ、わたし、そんなやつじゃありません。

 

1番が抜かれたらそのぶん頑張っちゃう、それがおれ。

 

1番のやつと英語を一緒に勉強してさらに英語力あげちゃう、それがわたし。

 

1番であることじゃなくて、なにがあっても英語が好き、それがおれ。

 

ほっとしたでしょ。

 

よかったね。

 

プライドは、行動につながるから意味があるんだよ。

 

自分のプライドが、

 

攻めなのか、守りなのか、行動につながるのか、意固地につながるのか、

 

いえす!要チェックだ!

 

 

どうもこんにちは。空気と申します。

どうもこんにちは。

 

わたくし、空気と申します。

 

え?はじめまして?

 

いえいえ、何度もお会いしていますよ。

 

ご存じなかったです?

 

 

そうですそうです、「読まれたり」「読まれなかったり」「重かったり」「悪かったり」する空気です。

 

ね、いつも近くにおりますでしょう。

 

日本では結構人気あるんですよね。存在感っていうんですか?

 

わたくしのこと無視する方は、一時期KYというあだ名つけられたりしていたりして。ははは。

 


え?いえいえ、そんな滅相もない。

 

んーでもそうですね、色んな会議で社長とか議長とかより、わたくしの方が決定権もっちゃたりして。ははは。

 

学校でも職場でも私のせいでいじめに拍車かかっちゃったりしてね。

 

ちなみに余談ですけど、大規模なところでいうと、戦時中の日本軍とかにも結構影響与えたりしてるんですよ。

 

あと、日本国中の人が、国の政策を決める大事なトピックの議論にわたくしを意識していたりして。

 

いやいや、ほんと笑っちゃいますよね。

 

わたくし、このように権限とっても強いんですけど、責任って一切とらなくていいんですよね。

 

 

だって空気なので。

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リーダーとフォロワー

リーダーシップ論がお盛んだわね。

低成長期かつ豊かな日本において、やったるぜ!という人間が減ってきたからなのでしょうか。

 

ちなみに、50年前の所得上位1パーセントの人間より、今の中間層のほうが豊かな暮らしをしているそうな。そりゃそーだね。今の時代に生まれてよかったよね。

 

そんな中、リーダーシップをとる方法はわんさかと記事なり文献なりがあふれているのに、フォロワーになる場合についての記事や文献が全くないことに気づきました。

 

この人についていきたい!と思う気持ちって何なんでしょうか。これって難しくない?

 

仮についていっていても、自覚がない場合が多いのでは、と思っています。

 

仮に人間社会がサル山のようにピラミッド式だとし、トーナメント戦だとすると、

 

リーダー指数50 A男くん 対 リーダー指数70 B介くん → Winner B介くん!

 

よのうにどんどん戦って、リーダー指数が高い人がトップに君臨することになりますね。

 

でもそのリーダー指数ってどうやって測って、A男くんはいつB介くんに「負けた!こいつには付いていくしかねぇな…」みたいに感じるのだろう。(ゾロやサンジはなぜルフィについていくのか、彼らだって強いのに@ワンピース)

 

一応ブログ書いているので、わたしの暫定回答あります。それは、「知性」と「熱(想い)」です。

 

わたしがマジですごいなこの人!と思った人は、40歳のころのジャックウェルチと、40歳のころのリークアンユーですが、彼らはものすんごく頭良いというのが映像から見てもわかったし(しゃべるの早いし適格だし思慮深さを感じる)、言葉の熱が凄かった…たぐいまれなるリーダとは彼らのことを言うのだと思いました。

 

前回ブログでも触れましたが、人間はベース不安な生き物です。かつ、怠惰でめんどくさがりなので、考えるという行為を節約したがる生き物です。わたしもそうです。まじで全部だれかがやってくれたらいいのにと思っています。

 

なので、「こいつの言っていること本当か?(知性への疑い)」「こいつマジで成し遂げる気か?(熱・想いへの疑い)」という2つの我々の疑問に答えてくれる人間が出てきたら、自分で判断せずに、その人の判断に任せて、ついていこー!という気になるわけです。

 

そのほうが楽だし、きっと正しいところに連れて行ってくれるよー!るんるん!と。

 

「人を動かす」の著者D・カーネギーも言っています。観衆がたくさんいる演説者と、観衆が全くいない演説者、その違いは1点だけだと。それは言葉の熱。

 

でも、気をつけねばなりません。どうしたらいいかわからないとき、人はリーダーを無意識に求めるからです。

 

「こうすればいいんだよ」 なるほど!

 

「絶対成し遂げようね!!!!!!!!」 うん!!!!!!

 

フォロワー誕生の瞬間ってこんなんかな?

 

知性と、熱を感じ、その人についていきたくなった場合、もう1点だけ確認しましょう。

 

…それは、人間性

 

邪悪な道に進まぬように!皆さんお気をつけて!