ポリ子の日記

ポリ子さんの抽象的で感覚的でたまに論理的な日記です。大手メーカ経営企画。海外旅行。哲学。心理学。宗教。政治学。社会学。経営学。美味しいもの。個性。人類。が好きです。

転職活動の3つの軸

今日はポリ子さん某食品メーカーから某外資消費財メーカーに転職した友人とランチに行って参りました。

 

最近は転職する人も、転職者を望む企業も多いらしい。

 

 

はてさて、転職活動には3つの軸があると思います。

 

まず1つ目は、自分のできること。

 

自分の市場価値は切り口によって変わります。

 

例えば、

母国で就職が難しかったイギリス人が日本で英会話教師になったり

大企業の面接でことごとく落ちまくるか弱そうな美女が合コンでモテモテで挙句にお金持ちと結婚して収入を得たりと

まぁなんでもそうです。

 

転職活動は、今ある会社における自分の価値〔将来価値〕を捨て、市場価値を確認することでもあります。

 

それは、新卒よりもさらに今「できること」で評価されます。

 

見た目なり、経歴なり、面接なりで、あんたなにできんの?と。

 

大企業は、大きいので分業がかなり進んでおり、例えばわたしの会社でもメーカーなのに社宅や寮の不動産業務オンリーの人とか、建設業法対応オンリーの人とかいます。まぁそこで三年なりを過ごすわけです。

 

すると、出来ることがかなり限定的になっちゃう。

 

それでいざ市場に出たときに、果たして価値はどうなっているのか?

 

こわ!!

 

はい、1つ目の軸は、出来ること。

で、これは企業側の責任が結構大きい。

 

ランチをした友人も海外業務をしたかったのに四年も国内営業で過ごし転職活動にかなりの影響を与えたそう。

 

次の軸は、やりたいこと。

 

これはちゃんと考えないとね。給与下がる場合もあるし。

 

最後は、あったほうがいいこと。

 

住みやすい環境なり、給与なり、家族との近さなり色々ありますわね。

 

これの最大公約数を取りたくなるんだけど、なかなか難しいんだよね〜。

 

そして1番悲しいのが、いつの間にやらできることが制限されて、やりたいことが出来なくなっていくこと。

 

いやいや、めっちゃやりたいなら起業なりすぐ転職するなりすればいーやんと言われそうだけど、

 

みんな高校いくからいく、みんな大学いくからいく、みんな大企業に入るから入ると、意外と社会のシステムは無意識に決断を迫ってくるのでなかなか難しいような気がします。

 

みんなが西に向かう中、東に向かうことを褒める社会じゃないしね。

 

日本にもポテンシャルを秘めた学生はたくさんいて、それを最大限に活用するのは大企業にとってもメリットのあることだと思います。

 

本人のポテンシャルを見抜いて、チャレンジングな場を与える責任が企業にはあると思うポリ子さんでした。

 

ちゃんちゃん。

 

 

 

 

 

カリスマさん

彼は決して美貌に恵まれてはいなかった

 

彼の顔は見方によってはやや賢くとも

 

見方によってはやや冷たくともとれた

 

 

彼は決して知識が豊富というわけではなかった

 

知らないこともたくさんあるようだった

 

よく本を読んでいた

 

 

彼は決して口数が多いほうではなかった

 

話す必要があれば話すが

 

ペラペラとおしゃべりではなかった

 

 

彼は決して体格がよいほうではなかった

 

若干日焼けしているものの

 

いわゆる中肉中背だった

 

 

彼は決して裕福ではなかった

 

身なりはきちんとしていたが

 

いい服を着ているわけではなさそうだった

 

 

しかし

 

 

彼にはひとつだけ才能があった

 

 

 

絶望を希望に変える魔法が使えた

 

 

借金でもうだめだと話す友人に職を探す方法を提供した

 

夫からの無関心で悲しむ妻へは話を聞き長所を褒めた

 

学校でいじめられると話すこどもとは友人になった

 

ひたすら力仕事にあけくれる男には冷たい水を提供して、いつか建つであろう彼が作る建築物について語り合った

 

 

彼が語る未来はいつも明るく、それを語る彼はいつも熱っぽく、彼は私達の力になってくれるのだ、と信じることができた

 

 

周囲の人は、また彼に会いたいと感じた

 

 

ついに、彼は、このままの世の中ではいけない、社会をよりよくしていきたいと具体的に語るようになった

 

彼が語る未来を、私も一緒に作らせてはもらえないだろうか、と感じる仲間がいた

 

彼は言った

 

ぜひ、一緒にやろう

 

よし、ついてこい

 

付いて行った友人は一生懸命彼とともに働き、大変な苦労があったが、彼はいつも周囲を讃え、明るい明日を語るのだ

 

 

苦労なんて感じなかった

 

 

むしろなんだか楽しそうだと周りで見ていた人々までもが彼に尋ねた

 

一緒にやらせてはもらえないかと

 

彼はいつも即決した

 

 

ぜひ、一緒にやろう

よし、ついてこい

 

 

ダンス会議の提案

ポリ子さん、山極寿一氏が好きです。

 

人間とゴリラってどう違うの?とか

 

人間とサルってどう違うの?とかいう視点で世の中を見ていて、その視点で語る発見がただただ興味深い。

 

京大の総長されていますが普通に食堂で学食食べたり、気さくな人らしいです。

 

大らか〜っていう雰囲気もいいですよね。

 

ちなみにゴリラと人間は5パーセントしか遺伝子的には変わらないそう。

 

 

え、我々ほぼゴリラやん。っていう。

 

 

ゴツくてヒゲもじゃな人は、4パーセントしか違わんのかな?とか思ったり。

 

ほー…あの人は4パーセントか?みたいな。

 

 

冗談です。

 

 

さて、そんな山極寿一さんの講演会で聞いたお話を興味深かったのでご紹介。

 

 

コミュニケーションと脳と人類の進化の話です。

 

 

人類の歴史を辿ると、霊長類の集団サイズが大きくなるにつれ、脳がどんどん大きくなるらしい。

 

ふむふむ。

 

 

しかし、

 

100万年前に160人の集落規模になった時点より脳の大きさは変わっていないそうな。

 

しかも、言葉の発生はその後。

 

 

つまり、言葉と脳の発達は関係ないのです。

 

 

 

 

160人の集団規模に達するまでのコミュニケーションの変化というと、

 

10人~15人のコミュニティでは、言葉は必ずしも必要でない。阿吽の中。

 

30~50人のコミュニティでは、顔と性格は熟知できるため、全員の意思を一致させて行動できる。

 

100人~150人のコミュニティは、ギリギリ信頼できる仲間と捉えることができ、顔と名前がギリギリ一致する。

 

それ以上の人数規模であれば、何らかの指標が必要となっちゃう。広すぎるコミュニティは、〇〇会社の 者ですとか、〇〇くんの母ですとか、なにかのマークなしでは人は認識できない。

 

だそうです。

 

この理屈でいうとポリ子さんのフェイスブックにいる大量の友人コミュニティ〔約400人〕は脳は仲間と認識できていないことになりますです…

 

悲しいです…

 

 

ちなみに、言葉の以前のコミュニケーション方法として、対面交渉、ダンス等のアート表現があるとのこと。

 

 

我々が向かい合って食事をするのも立派なコミュニケーションということですね。

 

ちなみにゴリラは食べ物を一夫多妻家族で分かち合うのだそう。

 

同じ釜なの飯を食うのは信頼関係構築になる大事だということです。

 

 

そこで、何度も議論しても信頼関係が構築できないと悩むパパさん!グループリーダー!もしくは課長!部長!

 

アート表現、つまりダンスをコミュニケーションとして採用してはどうでしょうか?

 

つまりダンス会議です!!

 

目的は信頼関係構築です。

 

議題提出

→音楽スタート

→意見をまずダンスで表現

→その後息切れしながら口頭で内容を補足

→同じ意見の人がいた場合は複数で再度ダンス

 

あまり複雑な議題は提出できないので、簡単な議題にしましょう。

 

てなわけで、特に仲の悪い人がいて打ち解ける場合に有効です。

 

本能に訴えかけるコミュニケーションを活用しよう。

 

 

さぁ仲の悪い友人知人のダンスシーンを想像して!!

 

ダンス会議どうかしら?

世界のヨガの品質管理って。

以前カナダを一週間くらい旅行したとき

 

現地でヨガしたことあります。

 

運動したくて。

 

そしてびっくり!

 

日本のヨガと同じだーって感じました。

 

もちろんポーズは違うし、言葉も英語だし、道具使う系だし、と違うところはたくさんあったんだけど、

 

リラックスして精神統一し、自分を見つめる

 

とか

 

ポーズが理想通りに出来なくても気にしない

 

とか

 

各ポーズの1番大事なところ〔体幹とか、体の支え方とか〕

 

とかが

 

同じだった。

 

うーむ、不思議じゃ…

 

私が日本で行っていたのは、全国展開しているホットヨガで、カナダで行ったのはトロントの個人スタジオ。

 

同じにしよって同じにしているわけじゃないけど、私はきちんと両方ヨガだと感じたわけです。

 

 

その理由はたぶん、

 

大切にしているものが一緒だから!

 

 

自分のポーズに集中する、つまり周りと比較して出来る出来ないとかは気にしない

 

自分の体、心を感じる、つまりヨガの最中は仕事や家庭のことでモヤモヤしない

 

体を体幹と足でしっかり支え、呼吸する、つまりポーズは息が止まるくらい、力づくでやらない

 

とか、ヨガをする上で大事なものが同じだから、

 

インストラクターはポーズができていない受講生を見ても、

 

ポーズできなくても気にしなくていいですよ、と言える。

 

 

大切なもの

 

 

優先順位づけ

 

 

判断、行動

 

がリンクし、世界のヨガの品質担保につながっているわけです。

 

これは、集団で一定の行動を担保するときに非常に大事です。

 

行動全てをルールで縛ることはできないから。

 

 

ただし、事後的に大切なものを共有化し、担保しようとする場合、細かく話し合うと個別差がでてきてしまう、みんなが共有できる大切なものを定義するのに時間がかかる等、壁はいくつもあります。

 

でも、乗り越えることが出来ればそれはかなり強い集団ができ、その集団は社会に強い影響力をもたらすことになるでしょう。

 

大切なもの自体に魅力が宿り、人が集まるからです。

 

 

ヨガのすごさ、それはヨガにおいて定義された大切なもの自体の魅力なのでは?

 

 

あなたが属する集団の大切なものってなんですか?

 

 

 

 

歳を取っても可愛い人のすごさについて

 

「考えすぎじゃない?」という声が周囲から聞こえます。

ポリ子さんご贔屓の美容院。

美容師さんも結構考える方で、やったるで感もある方で、最近独立、開業された方です。40歳男性。

話していて面白いです。

 

そんな美容師さんが発した言葉。

「やっぱ、女性はさ〜年取ると可愛いを成り立たせるの難しいよね。きれい系のほうが多いよね。」

 

むむむ?きれいとかわいいと年齢の相関関係だと?果たしてそうなのか?

 

きれい

 

 

かわいい 

 

は何が違うんだー!!!

 

ってことで考えすぎですが考えたので紹介します。

 

もちろん、綺麗かつ可愛いっていう事象はあります。だぶりあり。しかし、二つを違ったものとして成り立たせる条件があるはず。

 

それはなにか?

 

どどーん!

 

それは、均整および整合性の有無です。

 

きれい とは 人を魅了し、かつ均整、整合の取れたもの

 

であり

 

かわいい とは 人を魅了し、かつ均整、整合が取れていない、つまり、なにか欠いている、もしくは合っていないものである。

 

と結論付けてみました。

 

 

人が、あの人きれいだな、とか、綺麗な景色だな、綺麗なデザインだな、綺麗な動きだな、と感じるときは、自分の中にある美とかでも、TPOでもいいので、何かと何かが、バランスしているとき、もしくは合致しているとき、ではないでしょうか。

 

綺麗がどことなくさみしい感じがするのもちょっと分かりますね。均整、つまり完璧に近いものは、余地がないからです。

 

一方で、

かわいい人、かわいい笑顔、かわいい動作、かわいいデザインとは、どことなくイビツだったり、特徴的だったり、面白かったり、小さかったりと、均整、整合がくずれたものではないでしょうか。

 

つまり、年をとってもかわいい人、というのは!!

 

年をとるにつれ、社会での整合性や、個人単体での均整を求められるなかにおいて、どこかアンバランスな部分を持ちながらも人を魅了する人物となります。

 

少年、少女の部分を残していたり、素直だったり、冗談が上手かったり、茶目っ気があったり、小さかったりと、なんだかよくわからないけど、惹かれちゃう、それが可愛さなのではないか!!

 

そりゃ難しいわって思ったポリ子さん。

 

年をとっても可愛い人は、素晴らしい感性で均整や整合性を欠き、人を魅了しているのです。

 

すげー。

 

尊敬!

 

では。

勉強しなさい!という言葉について

こどもへの、勉強しなさい!という指示、違和感を感じ続けていました。ポリ子さん。

 

なんで勉強しなきゃいけないのか?

 

はたまた、

 

なんで勉強していないのか?

 

について、話し合い、考える余地ゼロだからです。

 

 

まず、なぜ勉強しなきゃいけないのか?の前提を整理します。

 

例えば…

医者を目指している

家庭の収支から国公立が不可避

今の成績では不十分

ただし勉強すれば可能性がある

 

的な。

 

しかーし、

 

勉強しても可能性がかなり低いと思われる場合は、勉強しても医者になれないために前提が崩壊します。ショックだけど諦めちゃいけません。

 

なので、もう一個掘り下げてみます。

 

 

なぜ医者になりたいのか?

 

です。

 

 

病気で困っている人を助けたい→看護師、介護士ではだめなのか?それはなぜか?

 

 

入院したときに助けてもらって嬉しかった→こどもを笑顔にできるところに惹かれた場合、そんな仕事は他にないのか?教師?児童館職員?

 

 

人体が好きだから→薬剤師?理科の先生?医療に関する記事を書くライター?

 

 

とかとか、自分の特性なりを活かせる選択肢は無限にあったりして、どのくらい勉強して、どの領域の教科を頑張ったりすればいいかも、変わってくるわけです。

 

そしていくつ選択肢を思いつけるか、が知恵だったりするのです。

 

勉強したらいい大学に入れて一流企業で安泰である、とかいう思考ストップワードに騙されちゃいけません。

 

すると、こどもが自分で、定量的、時間軸とともにもっと具体的な目標が立てれるわけです。

 

もちろん小学生に言っても仕方がない場合が多いと思われるので、まぁ成長の様子を見つついきましょう。笑

 

 

次に、なぜ勉強しないのか?についても聞かないといけません。

 

今ダンスで忙しい、とか、彼氏ができた、とか、マンガ読んでた、とか、大人からみたらしょうむない回答が返ってくるかもしれません。

 

でも、勉強よりマンガのほうが価値があると思っているのはなぜなのか?についても聞きましょう。

 

マンガのどこが好きなの?って。

 

ダンスそんなに楽しいの?って。

 

んじゃ、勉強は全く楽しくないの?って。なんで?って。

 

そしたら、クラスのみんなより出来ないから、とか、解けないときイライラする、とか返ってくるかもしれません。

 

そしてこういう真に迫る言葉は一朝一夕では決して言いません。みなさんにも覚えがあるはず。

 

 

最近気付いたことは、

上司だから部下は言うことを聞く

親だから子供は言うことを聞く

聞かなきゃいけない

 

これ自体が、幻想じゃないかなと。

 

 

本当に勉強してほしかったら、じっくりと信頼関係を作る必要があるんじゃないかなと。

 

 

なので、まず第一歩が、一緒に考えれる質問に変えることなんじゃないのかなと思うんです。

 

ぶっちゃけ面倒だけど、面倒をかけたくなるほど愛しい存在ってありますよね。

 

正のスパイラルはまず自分から。

 

愛は地球を救う。笑 

 

 

 

みんな東京に住みたくて住んでんの?

どうもおつかれ〜。

 

世の中ってさぁ、よく分からんことっていっぱいあるやん?

 

東京に人多過ぎ、集まり過ぎってのもそれやわ。しかも、まだ将来的に人増えるとかニュースでやってるやん?

 

まじか!ってなるわ。

 

このトピックな、ポリ子、せっかくやから関西弁で語ろって思って。

東京の話やからさぁ、そっちのがオモロイやん?

 

関西人て東京批判好きやし、まぁそれは妬み半分やな!人口二位ですら横浜に抜かれてる大阪の妬み!!あは!

 

あかん、横道それたわ。

 

そうそ、東京人多過ぎやねんて。大分前やけど、朝のラッシュ時に人を押す仕事見たときの衝撃はんぱなかったよね。

その需給なりたつんや!東京やば!って感じやったわ。

 

たまに出張いったりで東京の駅歩いてたら、サラリーマンの格好した人が大量に双方向で歩いていて、ヌーの群れを彷彿としたわ。

 

あれ、「おれ歯車やな…」感煽るよな〜。横のヌーとおれなにが違うんやろ?ちっぽけ?ってうつ病患者そりゃ増えるわ!みたいな。

 

それに比べたら、田舎なんて基本ライオンとか、チーターとか、キリンとかさ、おれっていーよね、みたいな感じに思い込めたりするからさぁ、いいと思うわ。

周りに動物あんまおらんし。難波の人間なんてマジに動物園並みの個性やしな。こないだ商店街でドラゴンボールの悟空みたわ。あはは。

 

あかん、またなんかよく分からん話でながなった。

 

一応国交省の資料見たで。これこれ。

 

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あとこれ。

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なー、やっぱ変やん?なんでそんな東京?みたいに思うやん?

 

 

まぁ、結局仕事なんやろうけどなー。

お殿様の城下町も、農村からの出稼ぎも、人が寄ってくるんて結局仕事があるからやん?

 

仕事があるから人が増えて、人がいるから活動が増えて、活動が増えるから仕事が増えるみたいな感じちゃう。

 

インフレスパイラルみたいな感じやな。

 

でも別にみんな住みたくて住んでるわけちゃうみたいやねんな。

実際ともだちに聞いたら「関西帰りたい、東京もういい」とか言うねん。

 

帰ったら?って思うけどさ、仕事ないって言うねんな。

 

仕事って、つまり産業やん?

 

なんかソフトとかデバイスとか流行ってるし、通販も流行ってるし、在宅勤務とかも言われて来てさ、産業構造って変わるんちゃう?って最近思うんよねー。

 

大学出て東京で9時6時勤務ってのが常識じゃなくなるんちゃうのんって。

 

ポリ子、常識でしょ?っていうの嫌いやねんけど、まぁ社会通念ってやつやな。

 

そんなん変わるからな。

産業構造変わるときに何したいか考えといたほうがいいかもやで。

 

だって変やもん、東京。そんな人口って長続きせん気する。

 

 

確かに、人間て人がいっぱいいるほうが楽しいってのはあるかもしらんけど。安心感あるしな。

 

まぁでもそれって、ヌーの発想ちゃう?

 

我ながらうまいことゆーたな!

 

はい!ありがとうございましたー!

またに。

 

 

参考サイト

https://www.mlit.go.jp/common/001042017.pdf