ポリ子の日記

ポリ子さんの抽象的で感覚的でたまに論理的な日記です。大手メーカ経営企画。海外旅行。哲学。心理学。宗教。政治学。社会学。経営学。美味しいもの。個性。人類。が好きです。

自分のこと好きですか?

ポリ子さん、実はいやな子供でした。

 

小学生のころ今でも覚えていますが、大学生のアルバイトである塾の先生に

 

「この授業無駄だと思うので、別のことやっていいですか?」(小学6年生の女子)

 

とか言っていました。笑

 

そして大学生の先生と大喧嘩しました。笑

 

それは延々と答え合わせだけする授業で、「あとで答え見たらいいやん」と私はもくもくと問題集を解いていました。

 

「そんなにおれの授業がむだか!!」とブチギレる先生。

 

「むだです 」といいきる小6。

 

しかも、こいつとは喧嘩しても勝てる、と分かっていたりする。可愛くない。笑

 

また、私はヒトの顔色がとてつもなく読める子供であったがために

 

4人グループとかでもイジメの被害にはあわず、

 

上手に避ける子供でした。

 

 

そんな中、はたと気づいたのです。

 

「どんな自分が好きか?」と。

 

ぶっちゃけ、いやな人間にもなれましたが、生きている途中で、

いやな人間である自分は嫌いであると気づいたのです。

 

どういう人間になりたいかが重要だと。

 

人間はよい意味でも悪い意味でもセルフイメージ(自己像)に縛られます。

 

思い込みは大変重要で、自分は〇〇なんだ!と信じて継続することが大切。

 

 

 どうしたらいいかわからなくなっている方、ひとつの目安として

どういう自分が好きか?を考えてみてはどうでしょう。

 

自己愛は原点です。

 

 いやな大人にならなくてよかったポリ子でした。

 

 

 

ポリ子の財務諸表への接し方講座

どうもご無沙汰しております。

 

さて、4月ですね。新入社員が入ってくる今日この頃。

 

ポリ子さん、たまには元経理っぽく皆さんに財務諸表への接し方を

まことに僭越ながらお伝えしたいと思います。

 

  1. 会社とはなにか?
  2. PL(損益計算書)とはなにか?
  3. BS(貸借対照表)とはなにか?
  4. まとめ

 

ちなみに財務諸表の「読み方」ではありません。「接し方」です。

 

え?接し方?

 

そう、つまり心の準備です。

 

  1. 会社とはなにか?

 

会社、ひとまず法人とはなにかについて。

 

ポリ子さん、会社を設立することにしました。

 

そこで、資本金を集めるために仲間集めすることに。

 

ポリ子さん 100万円、 A郎くん 200万円、 B奈さん 300万円

 

で会社を設立しまーす。

 

ポリ子、A郎くん、B奈さん、3人の会社だね。うぇーい。

 

さ!銀行口座つくろ。

あ、印鑑欄だ。ポリ子押したので、A郎くん、B奈さん印鑑押して~

 

さ!お金借りよ。

あ、印鑑欄だ。ポリ子押したので、A郎くん、B奈さん印鑑押して~

 

さ!事務所借りよ!

あ、印鑑欄だ。ポリ子押したので、A郎くん、B奈さん印鑑押して~

 

さ!発注書かこ!

あ、印鑑欄だ。ポリ子押したので、A郎くん、B奈さん印鑑押して~

 

・・・・

 

がー!!!めんどくさっっっ!!!!

   

なら、3人でつくったグループで「ヒト」みたいになんでもできるようにしたらよくない?

 

てことで社会効率を上げるために、

3人のグループで作った会社を「法人」として法律で人格を与え、

 

人間(法律用語でいうと自然人)みたいに、

銀行口座作ったり、事務所借りたり、もの買ったり売ったりできるようにしましたとさ。

 

 

そこで出てきたこの人たち。

  

「ちょっと待ったー!!!!!!!」

 

「そんなグループに法律で人格与えたって言ってもさ、ちゃんとお金返してくれないと困るよ!?」

 

そう、債権者(お金を貸している銀行さん達)です。「貸した金返せよ」です。

   

貸したお金を返すという当たり前の約束を守ってもらわないと社会が大混乱になります。

 

いやいや、うちもちゃんともの売ってよ?

いやいや、うちだってお金払ってよ?

    

と顧客や仕入れ先からもチラホラと声が聞こえます。

 

わかった、ではちゃんと会社の状態が大丈夫ってことを表す書類だすのでそちらをご覧ください。

   

てことで財務諸表が登場します。

 

 

 2.PL(損益計算書)とはなにか?

 

PLとは、過去1年の成績表です。

 

売上高:

いくら取引したの?(扱う金額の規模)

営業利益:

本業でいくら儲かったの?(本業は会社設立時に設定します)

経常利益:

本業以外でいくら儲かったの? (メーカでいうと賃借とか為替影響とか)

特別損益

特別なこと(災害とかこの事業やめることにしたとか)なんかあった?

当期利益:

税金引いたらいくら残ったの?(税率は国によって違うので国際比較は当期利益では行いませんよね)

 

という感じです。スポーツ選手で考えると、わかりやすいですね。

 

去年どやってん、てやつです。  

   

 3.BS(貸借対照表)とはなにか?

 

BSとは、〇月〇〇日時点(ちなみに決算期間は自由に設定できる)のレントゲン写真のような健康状態です。

 

お金(人間でいうところの血液とか栄養素みたいなもの)をどんだけ借りているのか?

在庫どれだけあるのか?

これから支払う予定のお金はどれだけあるのか?

株主からお金どれだけ出資されているのか?

 

とかとか・・・

  

 

スポーツ選手でいうところの今体の状態どんな感じ?ってやつです。

 

太ってるやん、とか、

ちょっと痩せすぎじゃない?とかがわかると、

来年どういう成績になるかちょっと予想ができるわけですね~

 

 

4.まとめ

 

では、ここからわかることのまとめです。

 

 ①「素晴らしい財務諸表」というのはスポーツによって違う

 

 スケート選手、野球選手、サッカー選手、テニス選手、などなど

 それぞれ残せる成績、得意分野、かかる費用が違うので、

    全く違う業態の会社を比べるのはやや難しいです。同業他社と比較するのが一般的です。

 

 ②財務諸表では「未来」はわからない

 

 財務諸表は過去の成績と現在の健康状態を示すのみです。

 3年後どうなのか?というのは、プロスポーツ選手、競馬の馬のごとくわかりません。

 であるからして、

   会社の将来計画を同時に公表したり

 株価(株主からの評価)と過去成績が必ずしも(株主からの期待値のせいで)一致しない場合があるということです。

 

 ③財務諸表は社会の仕組みであり考え方の一つ

 

財務諸表はこのように

お金というものさしにて会社を表現した社会構造を回す一つの書類であり、

数学の計算書類ではありません。

 

なので、この製品これくらい価値あるよね~とかゆって在庫の価値を評価したりとか

工事の途中だけど取引(売上)だと判断できるよね、とか

考え方が書類表現に影響を及ぼしている部分が多くあります。

 

(債権者のために)「正しい考え方してる?」というチェック組織が、会計士さんですね。

 

もちろんヒトなので税金もおさめるわけなので、

(国のために)「税金の計算元にある利益正しい?」 というチェック組織が、国税さんです。

 

 

 とまぁ、

 こんな風に考えられたら日経とかも少し面白くなるかも?

 会計勉強せずとも会社の財務諸表くらい読めるようになるかも?

 と思うポリ子さんでした。

 

リークアンユーが英語を公用語にしたわけ

リークアンユーって知ってるかしら?

 

シンガポールの元首相ですね!お顔はこちら↓f:id:journalofpersonnepolie:20170326000427j:image

 

彼はかなり強力な指導者であり、家族も権威者のため賛否両論あるとは思いますが、英語の価値(というかアメリカ文化の価値)についてのコメントには、は!とさせられました。

 

それは、「創造力」「自由に意見を戦わせたり交換したりする文化」が国力にとって重要であるということ。

 

そいで、その文化をつくるためには英語を取り入れるべきであるということ。

 

ポリ子さんも、英語での会議で執行役員に「Could you・・・?」と聞くことにやや抵抗を覚えた記憶があります。「執行役員をYouとか2人称で呼んでいいのか!?」となったわけです。

 

かなり日本の敬語社会に染まっているポリ子さん。そこで、職場における英語と日本語の価値観の違いにこのときちょっとびっくりしました。

 

なんなら上司(例えば先輩でも)に「How are you?」って聞くのすらちょっと抵抗ありません?

 

てことで、ポリ子はリークアンユーの意見には全く同意見で、過去を否定し、創造性の高いことを成し遂げるためには、自由闊達な意見交換の場は必要不可欠であり、

 

そしてそういった文化を国全体で蘇生するには、言語で思考回路を征服し、アメリカ文化的な教育を行うのが一番てっとり早い。

 

経済力と国民の英語力は反比例する、と言っていた友人がいましたが(確かに欧州の小さい国々は英語が上手)、果たしてそうなのか?

 

中国が経済でアメリカを超えることがあるのか?

 

 

中国は日本よりも絶対上には逆らえない文化と聞きます。

 

リークアンユーの仮説が正しければ、中国が中国語で中国文化に則り国民を教育する限り、アメリカの創造性には勝てず、技術的な最先端は取れないことになる。

 

数(中国はアメリカの人口の4倍の人口を有します)で勝っているのに、質で負けていることになります。

 

日本の将来もこのリークアンユーのコメントを参考にすべきじゃないかなー。

 

日本も英語で教育しだす日はさほど遠くないかもしれないと思うポリ子さんでした。

転職活動の3つの軸

今日はポリ子さん某食品メーカーから某外資消費財メーカーに転職した友人とランチに行って参りました。

 

最近は転職する人も、転職者を望む企業も多いらしい。

 

 

はてさて、転職活動には3つの軸があると思います。

 

まず1つ目は、自分のできること。

 

自分の市場価値は切り口によって変わります。

 

例えば、

母国で就職が難しかったイギリス人が日本で英会話教師になったり

大企業の面接でことごとく落ちまくるか弱そうな美女が合コンでモテモテで挙句にお金持ちと結婚して収入を得たりと

まぁなんでもそうです。

 

転職活動は、今ある会社における自分の価値〔将来価値〕を捨て、市場価値を確認することでもあります。

 

それは、新卒よりもさらに今「できること」で評価されます。

 

見た目なり、経歴なり、面接なりで、あんたなにできんの?と。

 

大企業は、大きいので分業がかなり進んでおり、例えばわたしの会社でもメーカーなのに社宅や寮の不動産業務オンリーの人とか、建設業法対応オンリーの人とかいます。まぁそこで三年なりを過ごすわけです。

 

すると、出来ることがかなり限定的になっちゃう。

 

それでいざ市場に出たときに、果たして価値はどうなっているのか?

 

こわ!!

 

はい、1つ目の軸は、出来ること。

で、これは企業側の責任が結構大きい。

 

ランチをした友人も海外業務をしたかったのに四年も国内営業で過ごし転職活動にかなりの影響を与えたそう。

 

次の軸は、やりたいこと。

 

これはちゃんと考えないとね。給与下がる場合もあるし。

 

最後は、あったほうがいいこと。

 

住みやすい環境なり、給与なり、家族との近さなり色々ありますわね。

 

これの最大公約数を取りたくなるんだけど、なかなか難しいんだよね〜。

 

そして1番悲しいのが、いつの間にやらできることが制限されて、やりたいことが出来なくなっていくこと。

 

いやいや、めっちゃやりたいなら起業なりすぐ転職するなりすればいーやんと言われそうだけど、

 

みんな高校いくからいく、みんな大学いくからいく、みんな大企業に入るから入ると、意外と社会のシステムは無意識に決断を迫ってくるのでなかなか難しいような気がします。

 

みんなが西に向かう中、東に向かうことを褒める社会じゃないしね。

 

日本にもポテンシャルを秘めた学生はたくさんいて、それを最大限に活用するのは大企業にとってもメリットのあることだと思います。

 

本人のポテンシャルを見抜いて、チャレンジングな場を与える責任が企業にはあると思うポリ子さんでした。

 

ちゃんちゃん。

 

 

 

 

 

カリスマさん

彼は決して美貌に恵まれてはいなかった

 

彼の顔は見方によってはやや賢くとも

 

見方によってはやや冷たくともとれた

 

 

彼は決して知識が豊富というわけではなかった

 

知らないこともたくさんあるようだった

 

よく本を読んでいた

 

 

彼は決して口数が多いほうではなかった

 

話す必要があれば話すが

 

ペラペラとおしゃべりではなかった

 

 

彼は決して体格がよいほうではなかった

 

若干日焼けしているものの

 

いわゆる中肉中背だった

 

 

彼は決して裕福ではなかった

 

身なりはきちんとしていたが

 

いい服を着ているわけではなさそうだった

 

 

しかし

 

 

彼にはひとつだけ才能があった

 

 

 

絶望を希望に変える魔法が使えた

 

 

借金でもうだめだと話す友人に職を探す方法を提供した

 

夫からの無関心で悲しむ妻へは話を聞き長所を褒めた

 

学校でいじめられると話すこどもとは友人になった

 

ひたすら力仕事にあけくれる男には冷たい水を提供して、いつか建つであろう彼が作る建築物について語り合った

 

 

彼が語る未来はいつも明るく、それを語る彼はいつも熱っぽく、彼は私達の力になってくれるのだ、と信じることができた

 

 

周囲の人は、また彼に会いたいと感じた

 

 

ついに、彼は、このままの世の中ではいけない、社会をよりよくしていきたいと具体的に語るようになった

 

彼が語る未来を、私も一緒に作らせてはもらえないだろうか、と感じる仲間がいた

 

彼は言った

 

ぜひ、一緒にやろう

 

よし、ついてこい

 

付いて行った友人は一生懸命彼とともに働き、大変な苦労があったが、彼はいつも周囲を讃え、明るい明日を語るのだ

 

 

苦労なんて感じなかった

 

 

むしろなんだか楽しそうだと周りで見ていた人々までもが彼に尋ねた

 

一緒にやらせてはもらえないかと

 

彼はいつも即決した

 

 

ぜひ、一緒にやろう

よし、ついてこい

 

 

ダンス会議の提案

ポリ子さん、山極寿一氏が好きです。

 

人間とゴリラってどう違うの?とか

 

人間とサルってどう違うの?とかいう視点で世の中を見ていて、その視点で語る発見がただただ興味深い。

 

京大の総長されていますが普通に食堂で学食食べたり、気さくな人らしいです。

 

大らか〜っていう雰囲気もいいですよね。

 

ちなみにゴリラと人間は5パーセントしか遺伝子的には変わらないそう。

 

 

え、我々ほぼゴリラやん。っていう。

 

 

ゴツくてヒゲもじゃな人は、4パーセントしか違わんのかな?とか思ったり。

 

ほー…あの人は4パーセントか?みたいな。

 

 

冗談です。

 

 

さて、そんな山極寿一さんの講演会で聞いたお話を興味深かったのでご紹介。

 

 

コミュニケーションと脳と人類の進化の話です。

 

 

人類の歴史を辿ると、霊長類の集団サイズが大きくなるにつれ、脳がどんどん大きくなるらしい。

 

ふむふむ。

 

 

しかし、

 

100万年前に160人の集落規模になった時点より脳の大きさは変わっていないそうな。

 

しかも、言葉の発生はその後。

 

 

つまり、言葉と脳の発達は関係ないのです。

 

 

 

 

160人の集団規模に達するまでのコミュニケーションの変化というと、

 

10人~15人のコミュニティでは、言葉は必ずしも必要でない。阿吽の中。

 

30~50人のコミュニティでは、顔と性格は熟知できるため、全員の意思を一致させて行動できる。

 

100人~150人のコミュニティは、ギリギリ信頼できる仲間と捉えることができ、顔と名前がギリギリ一致する。

 

それ以上の人数規模であれば、何らかの指標が必要となっちゃう。広すぎるコミュニティは、〇〇会社の 者ですとか、〇〇くんの母ですとか、なにかのマークなしでは人は認識できない。

 

だそうです。

 

この理屈でいうとポリ子さんのフェイスブックにいる大量の友人コミュニティ〔約400人〕は脳は仲間と認識できていないことになりますです…

 

悲しいです…

 

 

ちなみに、言葉の以前のコミュニケーション方法として、対面交渉、ダンス等のアート表現があるとのこと。

 

 

我々が向かい合って食事をするのも立派なコミュニケーションということですね。

 

ちなみにゴリラは食べ物を一夫多妻家族で分かち合うのだそう。

 

同じ釜なの飯を食うのは信頼関係構築になる大事だということです。

 

 

そこで、何度も議論しても信頼関係が構築できないと悩むパパさん!グループリーダー!もしくは課長!部長!

 

アート表現、つまりダンスをコミュニケーションとして採用してはどうでしょうか?

 

つまりダンス会議です!!

 

目的は信頼関係構築です。

 

議題提出

→音楽スタート

→意見をまずダンスで表現

→その後息切れしながら口頭で内容を補足

→同じ意見の人がいた場合は複数で再度ダンス

 

あまり複雑な議題は提出できないので、簡単な議題にしましょう。

 

てなわけで、特に仲の悪い人がいて打ち解ける場合に有効です。

 

本能に訴えかけるコミュニケーションを活用しよう。

 

 

さぁ仲の悪い友人知人のダンスシーンを想像して!!

 

ダンス会議どうかしら?

世界のヨガの品質管理って。

以前カナダを一週間くらい旅行したとき

 

現地でヨガしたことあります。

 

運動したくて。

 

そしてびっくり!

 

日本のヨガと同じだーって感じました。

 

もちろんポーズは違うし、言葉も英語だし、道具使う系だし、と違うところはたくさんあったんだけど、

 

リラックスして精神統一し、自分を見つめる

 

とか

 

ポーズが理想通りに出来なくても気にしない

 

とか

 

各ポーズの1番大事なところ〔体幹とか、体の支え方とか〕

 

とかが

 

同じだった。

 

うーむ、不思議じゃ…

 

私が日本で行っていたのは、全国展開しているホットヨガで、カナダで行ったのはトロントの個人スタジオ。

 

同じにしよって同じにしているわけじゃないけど、私はきちんと両方ヨガだと感じたわけです。

 

 

その理由はたぶん、

 

大切にしているものが一緒だから!

 

 

自分のポーズに集中する、つまり周りと比較して出来る出来ないとかは気にしない

 

自分の体、心を感じる、つまりヨガの最中は仕事や家庭のことでモヤモヤしない

 

体を体幹と足でしっかり支え、呼吸する、つまりポーズは息が止まるくらい、力づくでやらない

 

とか、ヨガをする上で大事なものが同じだから、

 

インストラクターはポーズができていない受講生を見ても、

 

ポーズできなくても気にしなくていいですよ、と言える。

 

 

大切なもの

 

 

優先順位づけ

 

 

判断、行動

 

がリンクし、世界のヨガの品質担保につながっているわけです。

 

これは、集団で一定の行動を担保するときに非常に大事です。

 

行動全てをルールで縛ることはできないから。

 

 

ただし、事後的に大切なものを共有化し、担保しようとする場合、細かく話し合うと個別差がでてきてしまう、みんなが共有できる大切なものを定義するのに時間がかかる等、壁はいくつもあります。

 

でも、乗り越えることが出来ればそれはかなり強い集団ができ、その集団は社会に強い影響力をもたらすことになるでしょう。

 

大切なもの自体に魅力が宿り、人が集まるからです。

 

 

ヨガのすごさ、それはヨガにおいて定義された大切なもの自体の魅力なのでは?

 

 

あなたが属する集団の大切なものってなんですか?