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ポリ子の日記

ポリ子さんの抽象的で感覚的でたまに論理的な日記です。大手メーカ経営企画。海外旅行。哲学。心理学。宗教。政治学。社会学。経営学。美味しいもの。個性。人類。が好きです。

感情のセンシング

フランス語には、I miss you みたいな表現はあれど、「淋しい」という単語はない。いわゆるJe t'aime.という表現は、愛しているという意味だけど、Je t'aime bien. 「とても愛している」という表現は恋人には使えない表現であり、愛している、に度合い表現はないとか。

 

感情は目に見えない。いわゆる抽象概念であり、彼女の悲しさと、わたしの悲しさは必ずしも一緒じゃない。

 

でも、感情は言葉でしか分類できないし、理解できないし、はたまた認識できない場合もある。大丈夫!って言ってるけど本人も大丈夫だと思っているけど、精神は傷んできてるとかね。

 

では、一度も味わったことのない感情を感じることは可能なのでしょうか?

 

私は最近ストレスを感じている実感があるんだけど、それはストレスを感じた経験から自分の反応をセンシングしていて、あぁストレスを感じてるんだなあ〜って思い、労働時間を調整したりしている。年々感じた経験のある感情の幅が増え、対処策が増え、取り乱すことが減ったように感じるよね。

 

自分の感情のセンシングってすごい大事。でも、その感情がなんなのか、って実はすごーく難しいよね。

 

好きってなに?みたいな問いは、高校生がやりがちだし、私の方が好き!とか、彼の方が私を愛してる!とかって、実はすごーく難しい抽象概念のやり取りだよね。

 

いくつか同様に当てはまるから、おおよそ一緒だろう、っていう結論でしかない。愛、恋、悲、怒、いっぱいあるけど、さっき言ったみたいに使う言語によってない言葉もあるし、度合いがないっていう考えもあったりする。

 

では、次に来る問い…同じ感情を抱く、つまり

共感とはなんぞや?

 

共感は、本当に同じように感じているのか?それとも錯覚か?とか思うと、ルードヴィヒヴィルゲンシュタイン?だっけ?の有難い言葉が染み渡る。

 

具体的に考えよ!

 

哲学の有難い教え。

 

証明できることだけ考えよ!

 

つまり大事なのは、自分の感情と相手の感情が同一であるという証明はできないこと。さらにいわゆる共感した、と感じるその気持ちそのものが重要であること。

 

つーこった!