ポリ子の日記

ポリ子さんの抽象的で感覚的でたまに論理的な日記です。大手メーカ経営企画。海外旅行。哲学。心理学。宗教。政治学。社会学。経営学。美味しいもの。個性。人類。が好きです。

世の中の法律とか規則とかって変えれるんじゃね?

多くの日本人はルール(法律、規則などなど)を絶対視しすぎています。

 

一時期民法を勉強していましたが、分厚い本過ぎて途中で断念したものの(本棚で化石となっている)、1つ学んだことがあります。

 

それは、ルールの目的は人間の「団体活動における幸福の公約数の増大」であること。

 

人間はグループの人数が多くなればなるほど、活動が複雑化してくるので、全体の「幸福最大公約数」をとるためにルールが必要なのです。

例えば例えば…

2人でテニスサークルに所属しているとして、「いつする~?何時にどこで集合する~?」というのは、別に2人だったらLINEで決めたらヨイのです。「いーなー!俺も(私も)参加したーい!」と参加者が増大してくると、いちいち決めていたらきりがありません。そう、そこでルールが登場!

 

ルール①毎週月曜日18時に○○運動場集合。

 

となります。しかしながら、15~20人で活動していると遅刻者・欠席者が出てくる。「え!2人も休みなの?コートの使用料が高くなっちゃうじゃん!」てな感じで、いろいろトラブルが生じてきて、幸福指数がダウンしてきます。困った困った。

 

そこで

 

ルール②欠席する場合は、前日までに連絡すること。当日連絡の場合はコート使用料は負担すること。

 

とか全体に悪影響を及ぼす人を縛るルールもできるわけです。ふむふむ。

 

さらにグループが巨大化してくると、そこそこテニスうまいチーム、とか、初心者チームとか、団体構造が分化してきて、それぞれにルールができたりして、ルールが複雑化してきます。サークル活動では、旅行、飲み会、ユニフォーム作成とか活動も多様性が増すと、それごとにルールができたりしてさらにルールは複雑化してくるわけです。

 

突然、イスラム教を信仰する友達ができたりした場合なんて大変です。大好きな友人のために、お祈りの時間を避けてグループ活動を設定したり、飲み会ではハラルフードのお店をなるべく使うようにしたりと、最大幸福を考えるための複雑さが増します。

 

つまり、「ルール」は「活動(個)」「構造(団体)」と相互に作用しており、そもそも目的が人間の「団体活動における幸福の最大極限値の増大」なのだから、変化するものなのです。

 

だから、働く女性が増えたのであれば、ルールを変えるべきだし、アメリカの方針が変わったのであれば、日本の自衛ルールも考え直すべきなのです。

 

ルールがこうだか、我々はこうすべき。っていうのは発想が逆です。目的と手段の逆転です。もちろん抵抗が少ない手段を選ぶべきではあるけど、ルールは可変であることはちゃんと認識すべき。

 

自動運転に対応するため、国土交通省警察庁はルールを変えようとしています。人間の活動にルールが追い付いてくるわけですね。

 

社会人なって気づいた社会の仕組みの一つです。みんな、自由に発想しよう!