ポリ子の日記

ポリ子さんの抽象的で感覚的でたまに論理的な日記です。大手メーカ経営企画。海外旅行。哲学。心理学。宗教。政治学。社会学。経営学。美味しいもの。個性。人類。が好きです。

世の中のためにやりたいんだ!と唱える人の怖さについて

 

人を思いやることや、社会のためになることを考える人の性質を向社会性といいます。

 

利他性とも言えます。

 

みんなのために、世界のために、〇〇したい、という言葉には、否定できない絶対的な雰囲気が漂います。

 

それは、

色々な人を受け入れることであり、

罪をおかした人さえも許すことであり、

多くの人の生存を望むことであり、

我々、誰にとっても、重要なことに思えるからです。

 

一方で、

利己性、つまり自分のために〇〇する、という性質は、特に日本社会においては、悪とみなされることが多いです。

 

それは、

自分の価値観に合わないものを排他することであり、

自分の利になるものだけを選ぶことであり、

優先順位をつけることなので、

誰もが利を得れるわけではないからです。

 

 

利己性は誰でも共感できるところでありながら、犯罪者など社会のルールを侵す者までもが所有しているせいか、低俗感を伴います。

 

しかし、

注意すべきは、

善人とされる

エスも、

リンカーンも、

ムハマドユヌスも、

ガンディーも、

そして、

悪人とされる

アドルフヒトラーも、

戦時中の日本政府も、

 

国のため、社会のため、みんなのため、世界のため、を訴えたことです。

 

つまり、利他性や向社会性のもつ「絶対的な正しさ」は、大多数の人間を率いるために用いることができる一方で、良いことにも悪いことにも使えるのです。

 

絶対的な正しさなんてこの世にありません。

残念ですが。

 

世の中のためなんだ!と訴え、多数の人を巻き込む人を見つけたとき、

結局何をしたいのか?

誰を幸せにするのか?

誰かは不幸になるのか?

自分の価値観と一致しているのか?

等チェックしましょう。

 

 

このトピックが最近気になるので誰かと議論したいポリ子でした。